9 車のエンジンを掛けて車内をガンガンに温める。もうすぐ太陽はてっぺんまで登る時間だけど、フロントガラスの白い曇りはまだ消えない。 元旦は遅くまで布団から出ないのが我が家の習わしだ。それでも母はいつも通りに起きてくる…
8 一月一日 初詣に行こうよ、と誘ったのだった。 年を跨ぐことに特別な感慨は無くなってしまった。しかし初詣は、特別感を演出するには打ってつけのイベントだ。 あれからすぐに、逢いたくなっていた。寒い冬空のもとで、…
6 十二月三十一日 男が二人、部屋の中に居ても、何かが大きく動き出すことはない。 親父も俺も、漫然とテレビを眺めているばかりだ。 持ってきた土産のおかきの包みが炬燵の上に数袋散らかっている。それを屑籠に捨てるこ…
4 十二月三十日 親父は既に寝ていた。底冷えのする居間に土産の紙袋を置いて炬燵の電源を暗闇で探る。隣の仏間で寝ている親父を起こさないように襖を閉めて炬燵に潜り込む。バックパックから携帯の充電器を発掘、携帯に挿す。そ…
さよならオブラージャ 河野ミチユキ 1 この土地には「離合(りごう)」という言葉がある。 運転時、対向車とすれ違うことを指す。すれ違うのにギリギリな、狭い道で口にしている気がする。この言葉が方言だと知ったのは大人にな…
【21】前方右・上手前 公演当日。 会場は劇場でなく、普段はカフェだという地下の小さな空間。 そこに平均年齢ハタチくらいの男女がひしめいていた。 どこに座れば… 「あちらのお席にどうぞ!」 黒いシャツの、ハキハキした、言…
【17】鉄砲作り 「相談なんだけど。」 ジンジャーエールの氷をカラカラいわせながら先輩が言った。 私達は、バイト帰りにあのカフェでしばしば話し込むようになっていた。 「森川君から聞いた話、書いちゃだめかな。」 え。 「ま…
【11】毛布 年明け。 皆の顔にゆとりがなくなり、自分のペースで学習する為に欠席する人も増えて来た。 合格者の名前が廊下に張り出され、プレッシャーは募るばかり。 その緊張感のせいか、咀嚼伯爵大活躍! 「噛めかめかめ!」 …
【6】クリープ さすがにやばいと思い始めたのは11月。 朝、食卓に、母親がもらって来たアルファベットチョコレートが置いてあった。 赤ちゃんミルクくらいの大きさの缶入り。 3粒だけ、と思ってふたを開け…気づけば缶を抱いてむ…
咀嚼伯爵 池田美樹 【1】ひょうたん尻 「歯磨き粉って太るかな。」 「甘味料入ってるかんね。やばいよね。」 「まじで?じゃ何で磨けばいいんかな」 「塩じゃ?」 「それいいね。なんか絞れそうな気がするよね」 始まりは高校2…