「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第2回)藤原達郎

2017.08.08

前回

「宇都宮さん、不器用ですか?」
「うん」

混ぜた豚玉を鉄板に流した。じゅうと小気味良い音をがし、豚玉から湯気が立ちのぼる。混ぜたスプーンで豚玉を上からペタペタしていると、青木から「あまりペタペタしない方が」と注意された。スペシャルは山芋が潤滑油の役割をして、豚玉よりも鉄板の上をすべった。

瓶ビールは2本目に突入していた。青木のペースが早い。宇都宮はアルコールに弱く、グラスに2杯目のビールで顔が赤くなっていた。

音楽はかかっておらず、斜め上から見下ろすように設置されたテレビがバラエティ番組を映し、芸人の笑い声が店内を満たしていた。他のテーブルもアルコールが進み、芸人に負けない音量で話したり笑ったりした。誰もテレビを見ていない。ヒゲの濃い中年サラリーマンが、「1教えたら、10察するでしょ普通?1から10まで言わないと理解しないんですよ」と、若手社員の要領の悪さを愚痴っていた。向かいに座るメガネのサラリーマンがわざとらしくうなづいた。小学生の男の子はデザートのアイスも食べ終え、母親のスマホでゲームをしていた。老夫婦がゆっくりした足取りで、店の奥のレジへと歩いた。

女性店員が焼きそばを「焼きそばですねー」と言いながら置いた。焼きそばは厨房で作ったものが皿に盛られて来た。カツオブシがふにゃふにゃ踊っている。伝票に雑なチェックを入れ、女性店員は豚玉とスペシャルの入っていた器を下げて行った。

「コテ、取ってください」青木が宇都宮に言った。
「…コテ?」
「コテです。ひっくり返す」
「…ヘラじゃなくて?」

宇都宮は青木にヘラを渡した。そう言えば、地方によって呼び名がちがうと聞いたことがある。

「こっちじゃないの、地元?」
「山口です」
「そんな、剣道じゃないんだから」
「…何が?」
「いや、コテ」

宇都宮の発言は無視して青木はスペシャルをひっくり返した。鉄板が再びじゅうと音を立てた。宇都宮も豚玉をひっくり返したが、端の方がぐちゃとなった。

「不器用ですか?」
「ほっとけ」

会計を終えた老夫婦ががらがらと引き戸をあけると、涼しい風が店内に入ってきた。外より店内の方が熱かった。日はもう沈んでいる。大通りを走る車の喧騒に負けない声量で、厨房の男性二人が「ありがとうございましたー」と老夫婦を送り出した。

焼きそばは細いちぢれ麺で、ソースがしっかりからんでうまかった。やはりカップ麺とはちがった。ビールがすすんだ。夜、のどがかわきそうだと思ったが、気にせず食べた。

店の電話がけたたましい音をたてた。緑色の公衆電話と同じ型で、昔ながらのジリリリ…という音が鳴った。あれ、宅電として使えるんだな、と宇都宮は思った。顔の濃い方の店員が「たけちゃん、ちょっと出て」と言うと、がたいのいい方が受話器を取り、「はい、お好み焼きたけちゃんです」と妙にやさしい声で言った。こっちがたけちゃんだった。

その後、ヘラで何度かひっくり返し、ソースとマヨネーズをかけてお好み焼きを食べた。青木はさらにソースを小皿に別で出し、それにつけながら食べた。宇都宮もマネした。青木から一口もらったスペシャルは、山芋がふわっとしてうまかった。「それがいいんですよ」と青木が得意げに言った。別にお前が考えたわけじゃないだろうと宇都宮は思った。一人では絶対来ないだろうけど、もしまた来る機会があれば、次はスペシャルを注文しようと思った。豚玉はへしゃげて不恰好だったが、うまくて満足だった。青木も宇都宮もあまりしゃべらず、淡々と食べた。こいつ、ほんとになんで俺のこと誘ったんだろう。聞く気はなかったが、気になった。

お好み焼きと焼きそばで腹いっぱいになった。瓶ビールは三本あけた。宇都宮は途中からコーラに切り替えたので、ほとんど青木が飲んだ。青木の顔色は変わらなかった。はた目から見ると、宇都宮の方が酔っているように見えた。割り勘だった。レジで金髪の女性店員からおつりを受け取る際、「ごちそうさまでした」と言うと、無表情で「ありがとうございましたー」と返ってきた。いい、と宇都宮は思った。

店を出ると真っ暗になっており、大通りを走る車の量も減っていた。しばらく歩いてから青木が「あ、クーポン見せるの忘れた」と言った。めんどうだったので引き返さなかった。あの店でクーポンが使えるとはとても思えなかったが、たけちゃんは見かけによらず、意外とそういう所、マメなのかもしれなかった。

青木とは駅前で別れた。ここが最寄駅らしく、お好み焼き屋とは反対側に歩いて帰って行った。後ろ姿を見送っていると、何もない所でつまづいた。顔には出ないが、意外と酔っているのかもしれなかった。宇都宮は電車を待つのがめんどうでタクシーを拾った。

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