「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第2回)藤原達郎

2017.08.08

帰宅して電気をつけると、ケージの中でハムスターがじっとしていた。起きている。忙しく鼻をひくひくさせ、一点を凝視していた。ハムスターの目の構造に詳しくないので、真っ暗な部屋の中で何を見ていたのか、宇都宮にはわからない。

宇都宮がペットを飼うのは、これが初めてだった。数ヶ月前、太田カツキにしつこくせがまれて2000円を貸したら、次の日に「これ、ありがとう」と言って、虫カゴに入れたハムスターを会社に持ってきた。2000円は返ってこなかった。

ハムスターは夜行性なので、朝、出勤する時には大体眠っている。冷蔵庫からキャベツを小さくちぎって取り出し、ケージの扉をあけると、ハムスターが寄ってきた。エサを与えてくれる人という認識はあるようだった。キャベツを顔の前にさし出すと、小さい手でつかんでかじり出した。ハムスターのほっぺたがふくらむ。

キャベツを食べている間に、飲み水と、トイレ用の砂を換えた。酔っているのでめんどうだったが、世話をしないわけにはいかない。それからナフコで買った、ヒマワリのタネや乾燥した野菜が混ざったエサを小皿に盛った。

宇都宮はペットにも特に興味はなかった。太田から半ば無理やり押し付けられ、捨てるわけにもいかず、惰性で飼っている。虫カゴで飼うのもどうかと思い、ケージをナフコで購入した。興味はなくても、飼い続ければ愛着が湧く。

扉を閉めると、ハムスターがケージの鉄柵になった部分をガリガリかじり出した。ハムスターがケージをかじるのは、ストレスからそうする場合が多いらしい。インターネットで調べた。同じ所をかじるので、柵の白い塗装が剥げて鉄の色がむき出しになっている。飼っているハムスターは白と黒のまだら模様で、映画やドラマで収監者が「出せ、出せ」と怒鳴り散らす姿と重なった。

再びケージの扉をあけ、ハムスターを手のひらに乗せた。宇都宮はアトピーなので、毛のある小動物はなるべくさわらないように生きてきたが、世話をするとなると必要にせまられ、ハムスターはさわるようになった。すぐに手を洗えばかゆくもならない。要するに、慣れた。

ハムスターをフローリングの床に置き、寝室と畳の部屋へと続く扉は閉めた。こうやって10分くらい外を散歩させると、おとなしくケージの中で過ごすようになる。

ハムスターは尻をふりながら歩く。このハムスターが特にそうなのかもしれないが、他のハムスターを注意して見たことがないのでわからない。尻をふって歩くと、オスなのでキンタマが目立つ。テーブルやイスの下を、飽きもせずちょろちょろ歩き回った。

ハムスターが散歩している間に、フローリングに古新聞を広げ、ケージの上部をはずし、ベッド代わりにしている木屑を掃除した。糞で汚れている部分を取り除き、減った分を新たに足す。ベッド用の木屑はナフコで購入した。宇都宮は他に店を知らない。

こうして一通りの世話を終え、ケージにハムスターを戻そうと見回すと、ハムスターがいない。テーブルの下をのぞき込んだが見あたらない。頭を心臓より低い位置に下ろすと、アルコールのせいで頭がズキズキした。

宇都宮は「…おい」と、ハムスターを呼んだ。名前をつけていなかった。名前をつけるのが苦手で、テレビゲームなどで登場人物に名前をつける時は、いつも2時間くらい悩んだ。

「…ハムスター、…ハム」縮めてみた。「ハムスター」だと、人のことを「おーい、ニンゲン」と呼ぶのと同じだけれど、「ハム」にしたらもう名前だろう。「スター」よりはいいんじゃないかと思った。

「ハムー、ハムちゃーん」オスなので普通に考えたらくん付けなのに、無意識的にちゃん付けをしていた。先入観ってこわい。ハムスターは出てこない。一応、寝室と畳の部屋も探したがいなかった。心臓の鼓動に合わせて頭痛がした。今すぐシャワーを浴びて寝たかった。「ハムちゃーん、ハムタロー」もうどうでもよくなっていた。それもこれも太田と青木のせいだ。宇都宮は人のせいにするのが上手かった。

冷蔵庫と流し台のすき間からハムスターが出てきた。ホコリまみれになっている。ハムスターを手のひらに乗せ、ナフコで買ったブラシでホコリを払い、ケージに戻した。ハムスターは小皿に盛ったエサをほっぺたに詰め込み、小屋の中に入って行った。

ペットの世話って本当にめんどくさい。宇都宮はかゆくならないよう、ナフコで買ったハンドソープで入念に手を洗った。

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