「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第2回)藤原達郎

2017.08.08

コンビニの扉をあけると、ピロン、ピロンと安い入店音がし、男の店員が片言の日本語で「イラッシャイマセー」と言った。彫りの深い顔立ちをしており、東南アジア系の若者かなと宇都宮は思った。雑誌のコーナーを通り過ぎ、ペットボトルのお茶を取り、さらにぐるっと回って棒付きアイスを取ってレジへ向かった。店員が「イラッシャイマセー」と再び距離感のないあいさつをし、お茶とアイスのバーコードを読み取った。店員の名札を見ると「ムスカ」と書いてあった。ラピュタの悪者と同じだ。「2790円デスネー」と言われ、「え?」と聞き返した。高い。「マチガイ、279円デス」と笑いながら訂正され、イラッとした。お金の発音だけ妙になめらかだった。
コンビニを出ると店内の冷房との温度差がひどく、むせかえるようだった。すぐにアイスの包みを開けてくわえた。奥歯に沁みた。以前、痛くて近所の歯医者に行った時、歯ぐきが弱っていると診断された。「寝ている間に噛み締めてる可能性がありますな」と医者が言った。語尾に「ますな」と付ける人を、宇都宮はこの先生以外知らない。歯医者にも行かないとな。めんどうだな。前歯のあたりだけでアイスを噛むよう注意した。

また15分かけて歩く気力が起きず、さっきの神社で涼んで帰ることにした。ペットボトルを入れたビニール袋をぷらぷらさせながら来た道を引き返し、鳥居をくぐった。

参道の両側は石垣になっており、その上に鬱蒼と木が茂って、日陰を作って涼しかった。石灯籠がいくつか設置されており、苔むしていて年季を感じたが、灯りをつけるための黒いコンセントが脇から伸びていた。その先に橋があり、木が途切れて視界が開けた。さきほどのフェンスで囲まれた池がここまでつながっていた。キャップをかぶった男の子が欄干から身を乗り出し、池に糸を垂らしていた。宇都宮はアイスをかじりながら後ろからのぞき込んだ。コイがのっそり泳ぎ、イトトンボが水面すれすれをカクカク飛び、カメが浮いていた。男の子が宇都宮をチラ見した。「何してんの?」と宇都宮が聞くと、「カメ釣ってんの」と答えた。見ると、糸の先にエサがくくりつけられ、それがカメの周りを漂っていた。

「エサ、何つけてんの?」
「ガム」
「ガムじゃ釣れないだろう」
「ガムしか持ってねえもん」
「アイスやるよ」宇都宮は食いかけのアイスを差し出した。
「…アイスでも釣れないよ」男の子は宇都宮を見た。
「じゃあ食ったらいいよ。沁みるんだ、歯に」アイスは半分以上残っていた。男の子は無言でアイスを受け取った。宇都宮は手を振り、奥へと歩いた。男の子はしばらく宇都宮を見送り、アイスをかじった。

橋を渡ると再び木が空を覆って薄暗くなった。蝉の鳴き声が降ってきた。涼しかった。左に腰くらいの高さの煉瓦の壁があり「※※公園」と書かれたプレートがはめられていた。その奥が公園らしいのだが、だだっ広い空間だった。遊具が一切ない。看板がかけられ、野球とサッカーをしている人のイラストにバツ印がつけられていた。何をして遊べばいいんだろう。近くの木に犬の写真が掲げられ、「ぼく、人の言葉は話せないけど、おとうさん、やっぱり持って帰ろうよ」という吹き出しが付いていた。糞のことを言っている。イヌはおらず、ネコがセミをねらっていた。

宇都宮は歩きながらペットボトルのお茶を飲んだ。所々に外灯が立っており、外灯から紐が垂れ下がって折りヅルが結ばれていた。ツルからさらに紐が伸び、風鈴がついていた。風鈴からは細長い札が垂れ、「涼風」と書かれていた。風鈴は鳴っていなかった。

所々にミカンのような実が落ちて、ネコに食い散らかされていた。アジサイが咲いており、リュックを背負った前屈みのじいさんが花を見上げていた。

背の高い石柱が左右に据えられ、上部に太い縄が渡されており、それをくぐると境内に出た。境内の隅に木製のベンチと、神社に不似合いな真っ黄色の自動販売機があった。宇都宮はベンチに腰掛け、お茶を飲んだ。吸い殻入れが設置してあり、足の部分にミノムシがぶら下がってちらちら揺れていた。せっかく吸い殻入れがあるのだからと、煙草に火をつけた。そんなに吸いたくはなかった。

絵馬などを売っている建物にポスターが貼ってあり、上半身裸の男二人と、「黄金時代激突」というコピーがでかでかと配置されていた。何かのスポーツだと思われるが、細かい文字がベンチからでは読めず、なんの黄金時代が激突するのかわからなかった。近づいてまで見ようとも思わなかった。ポスターの色があせていたので、もう時代は過ぎ去ったのかもしれない。お茶を飲み干してゴミ箱に捨て、ビニール袋をポケットに突っ込んだ。

せっかくなので本殿にお参りして行こうと思い、あまり吸っていない煙草を消し、正面の石段を上がった。お賽銭に10円を投げて、がらんがらんと、人気のない境内に重い鈴の音を響かせた。特に願い事はなかったが、リハビリの神様が祀られていることを思い出し、「将来的によろしくお願いします」とお願いした。

おみくじをしようと思って、「黄金時代激突」の貼られた建物に向かったが人がおらず、呼べば来てくれるのだろうが、おみくじを1回するためにわざわざ人を呼ぶのも気が引け、やめた。おみくじの自動販売機も設置されていたが、お金を入れる所がガムテープでつぶしてあったのであきらめた。

他にすることもなく帰ることにしたが、また15分かけて歩く気にならず、国道に出てタクシーを拾ってやろうと思いながら境内を出た。お母さんと小学生らしき娘がスマホを凝視しながら、「ここじゃない?」「もっと裏の方だと思う」などと言ってすれ違った。ポケモンGOかなと思った。

来る時には気づかなかったが、男の子がカメを釣っていた橋の脇に、祝日なんかに国旗を揚げる、ロープのついた金属製の棒が立っていた。風が吹くと、ロープがひょんひょんと変な音を立てた。男の子はもういなかった。アイスの棒が捨てられ、はずれと書いてあった。アリが数匹たかっていた。ぼく、人の言葉は話せないけど、おとうさん、やっぱり持って帰ろうよ。犬の吹き出しを思い出し、アイスの棒を拾ってビニール袋に入れた。

(つづく)

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

ページ: 1 2 3 4 5