「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第3回)藤原達郎

2017.08.18

父と母はビール、さっちゃんは甘そうなチューハイを注文した。隆広は「帰り、運転するから」という理由でウーロン茶を注文した。宇都宮もウーロン茶にした。「あ、お酒、飲まないんですか?」とさっちゃんに聞かれ、「あんまり強くないから」と答えた。「誠弥が運転できりゃ、隆広もビール飲めたのになあ」と父が言うと、「あ、免許、持ってないんですか?」とさっちゃんに聞かれ、「下手くそなんだ」と答えた。さっちゃんが、あぁ、という顔をしてうなづいた。ダメな兄という印象しか与えていない。事実、世間的に見ればダメな兄だった。二年前に付き合っていた女性と別れてからは彼女もおらず、弟に先を越され、将来的に出世する見込みもない。

さっちゃんはどちらかと言うと地味な顔つきをしていた。名前の割に、幸が薄そうだった。父がかわいい、かわいいと電話でしょっちゅう言っていたので、尚更そう思った。ずっとおどおどしており、しゃべる時は毎回「あ、」と最初に言った。隆広はなんでこの娘と結婚しようと思ったんだろう。

料理は、カニの刺身、カニ寿司、カニが入ったお吸い物など、当たり前だがカニばかりが出た。父は刺身をさっちゃんにあげていた。さっちゃんはカニが好きなのかよく食べ、父と母にこまめに酌をした。

宇都宮はボイルされたカニを食う時、カニの身を殻からほじくり出す棒がうまく扱えず、皿にカニの身が飛び散った。

「もうちょっとうまく食べなさいよ」母がカニの殻をパキっと割りながら言った。
「…どうやって使うの?」
「…何が?」
「これ、この、棒」
「カニ棒ですか?」さっちゃんがカニにむしゃぶりつきながら言った。
「カニ棒って言うの?これ」
「あ、いや、知りません」
「カニ食うときに使うんだから、カニ棒だろ」隆広が言った。
「どう使うのが正しいの?」
「カニ棒ですか?」
「なに棒でもいいんだけど」
「使いたいように使うのが一番いいんだよ」父が殻を皿に放り投げながら言った。宇都宮以外全員、カニをむさぼりながらうなづいた。言ってることは至極まっとうなのだが、その教えを信じてこの歳まで成長した結果、カニ棒はうまく扱えず、豚玉は飛び散り、カップ麺の具は落とす。「あんた、本当に不器用ね」と母が殻を割りながら言った。

その後、カニ鍋が出てきて、シメにカニ雑炊を食った。どれもうまかった。デザートのアイスにはさすがにカニは入っていなかった。さっちゃんは誰よりもよく食い、よく飲んだ。顔がカニみたいに赤くなっていた。

一通り食い終え、さっちゃんが「あ、ちょっとお手洗いに」と席を立った。個室内は禁煙で、宇都宮もしばらくして「一服してくる」と席を立った。カニのお面をつけた子どもが奇声を上げながら廊下を走って行った。喫煙スペースは二階にはなく、階段を降り、水槽を横目に外に出ると、駐車場の隅に灰皿が設置されており、さっちゃんがスマホをいじりながら煙草を吸っていた。宇都宮を見ると、一瞬ヤベっという顔をした。

「あはは…」
「…え?」
「あ、いや、ご両親には、言ってないもので…」
「…何?」
「あ、だから、煙草…」
「あ、そうなの?」宇都宮も煙草に火をつけた。
「はい…」
「…へえ」

日が沈んで、風が心地よかった。煙草から出る煙が風になびいた。

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