「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第3回)藤原達郎

2017.08.18

「なんか、すいません…」さっちゃんはスマホをしまった。笑顔が張り付いていた。
「…言わないの?」
「…っぐぇへっ?」さっちゃんが咳き込んだ。
「…あ、なんか、ごめん」
「…あ、はい、すいません」
「…言わないの、親父とおふくろに」
「…吸わないから、お義父さんとお義母さん」
「親父は昔、吸ってたけどね」
「あ、そうなんですね」
「うん」

店から赤い顔をしたじいさんとばあさんが4人、騒々しく出てきた。ひょろっと背の高いじいさんが「おい、ここじゃい、ここじゃい」と高らかに手を上げ、タクシーを止めた。じいさんとばあさん達はタクシーに吸い込まれて行き、騒々しさも消えた。

「だから、大丈夫だよ、言っても」
「…え?」
「煙草のこと」
「あぁ…、でも、もうちょっと、慣れてから…」
「馴染んでるよ、俺より」
「いやあ、そんな」さっちゃんが煙草を持っていない方の手を振って言った。おばちゃんみたいだった。
「…まだ、いろいろ、隠してるんで」さっちゃんが言った。
「何を?」
「…本性、ですかね?」
「いや、俺に聞かれても」
「そうですね、ははっ…」

宇都宮のスマホが鳴った。画面を見ると、太田カツキからだった。無視した。

「…いいんですか?」
「うん」
「遠慮なさらず…」
「いや、出たくないんだ」
「あぁ…」
「いろいろって?」
「…え?」
「隠してる、本性」
「…いろいろは、いろいろです」さっちゃんがにやっと笑った。
「…へえ」

宇都宮とさっちゃんはしゃべりながら煙草をふかすので、お互いの間で煙が混ざり、空気中に消えた。

「…お義兄さん、家に彼女を連れてったことは?」
「ない」
「…家で煙草は?」
「吸わない」
「もう、お義兄さんが免疫つけといてくださいよ」と、さっちゃんはおばちゃんみたいに宇都宮の肩を叩いた。
「あぁ…」
「あ、なんか、すいません」
「いや、こっちこそ、すいません」

二階から「踊れ」とか「脱げ」という掛け声とともに笑い声が聞こえ、さっちゃんがそっちの方を見た。宇都宮はさっちゃんの煙草から立ちのぼる煙を見ていた。

「…内緒でお願いしますね」
「…わかりました」
煙草を消し、さっちゃんは店内に戻っていった。

宇都宮はさっちゃんに好感を持った。

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