「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第3回)藤原達郎

2017.08.18

宇都宮は大阪に来ていた。宇都宮が扱っている機械の後継機の導入を会社が検討しており(例の全長10メートルくらいある、最後尾にパトランプのついた機械だ)、その実機を使ったデモンストレーションを受けるためだった。宇都宮は着慣れないスーツを着ていた。夏用のスーツなど持っているはずもなく、成人式の時に買った厚手のもので、汗が滝のように出た。上着を脱いで腕にかけていたら、内側がめくれて金色の刺繍で「宇都宮」と入っているのが丸見えになっており恥ずかしかった。ネクタイの結び目もなんだかくしゃくしゃだった。

なぜか脇内主任も一緒だった。主任になってから、どうも脇内は都合のいいように使われているような気がしてならない。小倉駅で新幹線を待っている間、脇内は「なんで俺ばっか…」とぶつぶつ文句を言いながらスマホをいじっていたが、新幹線に乗ると数分で寝入り、新大阪に着く直前でバッと起きて元気いっぱいにまたぶつぶつ文句を言った。

新大阪で新幹線を降りると御堂筋線に乗り、本町という駅に着く頃には雨が降っていた。北九州は晴れており、出張先の天気を気にするなど毛ほども思いつかず、宇都宮も脇内も傘を持っていなかった。まだ約束の時間まで余裕があったので、改札を出てすぐに見つけたスタバで雨やどりをした。冷たくて甘い、やたら名前の長い飲み物を二人とも飲んだ。飲み終えても雨はやんでおらず、脇内は店員に傘を貸してもらえないか頼んでみたが、やんわり断られた。この辺りはオフィス街のようで、スタバにいる人も外を歩いている人も、ほとんどがスーツ姿だった。みんな足早にコーヒーをテイクアウトするか、電話でやりとりするか、何やら難しい打ち合わせをしている。雨がやまないかとぼんやり外を眺めているのは宇都宮と脇内だけだった。しかし宇都宮と脇内にも予定はあるのだ。しかたなくスタバのとなりのコンビニでビニール傘を買った。高速道路の高架沿いを、脇内が会社でプリントアウトした地図を頼りに10分ほど歩くと、目的のショールームに着いた。1階の道路側はガラス張りになっており、デモを受けるであろう実機が展示されていた。最後尾のパトランプが赤色から緑色にバージョンアップしていた。

「遠い所をお越しいただき、ありがとうございます」と、シュッとした感じの営業マンが出迎えてくれた。宇都宮と脇内は名刺を交換した。長々とした肩書きの下に「木村健二」と書かれていた。メールでやりとりはしていたが、会うのは初めてだった。ゆったりとした余裕のある笑顔だった。脇内は斜め下から見上げるようにへこへことあいさつをした。まずへりくだる。それが脇内の営業スタイルであり、処世術だった。はた目から見るとぜんまい式のおもちゃのようだった。

先ほど外から見たガラス張りの部屋に移動した。部屋の半分以上の面積を、デモを受ける実機が占めていた。宇都宮の会社にある機械より、縦にも横にも大きくなっていた。バラさないと部屋の外には絶対に出ない。普通、バージョンアップした機械はコンパクトになるのが日本企業の特徴だが、ここの本社はベルギーのブリュッセルにあり、小型化などおかまいなしであった。「大きいですね」と宇都宮は言った。「えぇ、大きいんです」と木村がゆったりと答えた。

ばかでかい機械の隅っこに打ち合わせ用の椅子とテーブルが設置してあり、コンピュータの画面を前にしてオペレーターが何やら操作していた。「今回、この『KF-80000』のデモを担当します、藤原です」と木村が紹介した。藤原と呼ばれた人物はのそっと立ち上がり、こちらにお辞儀をし、ぼそぼそと「よろしくお願いします」と言った。ひょろっとして顔色が悪く、ゴボウみたいだった。名刺を交換すると肩書きに「技術部」と書かれており、社交性のなさがありありと見て取れた。

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