「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第3回)藤原達郎

2017.08.18

席に着くと、パワーポイントで作成された資料を元に、木村が「KF-80000」の特徴を説明し始めた。資料を見ても、何がKFで何が80000なのか、一切説明がなかった。宇都宮の会社にある機械はなんとかの60000だったので、20000分、何かがバージョンアップされたのだろうと勝手に納得した。

「従来のバージョンよりもPS版の出力速度が1版あたり15秒ほど短縮されておりまして…」と木村が説明していると、KF-80000に設置された巨大なファンが「フォォォォー…」と急に回り出した。音がでかい。脇内がびくっとした。

「藤原、まだ早い」木村が藤原をたしなめた。
「木村さんの説明の後、すぐにデモに移れるようにと思いまして」藤原がコンピュータの画面から目を離さずに答えた。
「まだ早い」木村が藤原をたしなめた。
「立ち上げに少々、時間がかかるもので」藤原がきっぱりと答えた。
「音がでかい」木村が藤原をたしなめた。藤原は黙って再び画面を見た。
「大変失礼しました」木村がゆとりのある笑みをたたえて、脇内に言った。
「いやあ、こう、パーツが大きいと、ファンも大きいですなあ」脇内が見たまんまのことを言った。
「えぇ、パーツが大きいと、ファンも大きいんです」木村がゆとりを持って繰り返した。

藤原は何かを考えながらノートを取っていた。宇都宮がノートを盗み見ると、日本語でも英語でもない言葉でメモをしていた。

「フランス語です」宇都宮の様子を見ていた木村が言った。
「フランスですか」宇都宮が答えた。
「フランスです」
「フランスの方なんですか?」
「誰がですか?」
「藤原さんです」
「何人に見えますか?」
「日本人に見えます」
「藤原は日本人です」
「ですよね」宇都宮はフランス人だったら風貌をゴボウではなく何に形容されるのだろうと想像してみたが、パスタとかニョッキとか、どうもイタリアと混同してしまい、どうでもよくなった。実際、どうでもよかった。
「藤原はブリュッセルの本社で本機の開発にも携わっておりまして、ものを考える時はフランス語です」
「あ、そういうものなんですね」
「そういうものなんです」

藤原はこちらの会話が聞こえているのかいないのか、フランス語でメモを取りながら頭をかきむしった。フケが落ちた。

木村はこの機械のプレゼンに慣れているようで、流暢に資料を説明した。スーツの襟の所につけた社章がきらりと光り、自信を物語っていた。「現像レスプレートにも対応しておりますので環境にやさしく、コストの面でも…」と売りの一つと思われるコストの削減をアピールしていると、緑色のパトランプが回り始め、ビーッ、ビーッと大音量で鳴った。脇内がまたびくっとした拍子にテーブルに立てかけてあった傘がバタンと倒れ、宇都宮もびくっとした。ショールームはガラス張りのため、パトランプの光は外にも漏れ、歩いていた中年のサラリーマンが何事かとこっちを見た。

「藤原、まだ早い」木村が藤原をたしなめた。
「テスト出力をしておこうと思いまして」藤原がコンピュータの画面から目を離さず答えた。
「まだ早い」木村が藤原をたしなめた。
「露光をチェックしておかないと、デモに支障をきたします」藤原がきっぱりと答えた。
「音がでかい」木村が藤原をたしなめた。藤原はパトランプの方へ歩いて行った。パトランプはまだ回っている。ファンも回っている。
「大変失礼しました」木村がゆとりのある笑みをたたえて、脇内に言った。ただ、声はかなり張っていた。
「いやあ、やっぱり、工場に設置することを考慮して、音が大きいんでしょうなあ」脇内が言った。
「スピーカーの所に布などを詰めて、ミュートしているお客さんもおられますよ」木村がゆとりを持って答えた。

そこは妙にアナログだった。

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