「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第5回)藤原達郎

2017.08.29

廊下の壁には、過去にこのホールで行われた公演のポスターや舞台写真が飾れていた。知らない外人の作品が多かった。さすがにシェイクスピアは知っていた。でも作品を見たことはない。窓から先ほどの芝生敷きの校庭が見渡せた。歩きながら太田が「さっきの女の人、丸かったな」と言った。太田も同じことを思っていた。宇都宮はなんだか緊張してきた。やっぱり久留米でラーメンでも食って帰ればよかったと後悔した。

ホールのドアを開けると、段になった客席なんかがあるのだろうと勝手に想像していたが、そんなものはなく、床にはグレーのリノリウムが敷かれていた。壁も黒く、全体的にシックな色味のだだっ広い空間だった。人が30人くらいいた。けっこういるなと宇都宮は思った。すでに5、6人ずつのグループに分かれており、それぞれ話し合いをしたり、ノートパソコンの画面をながめたりしていた。太田から「パソコン、持ってるなら持ってこいよ」と言われていたので、宇都宮もノートパソコンを持参していた。

太田と二人、ホールの隅でぼーっと様子をながめていると、身長が2mくらいの大男がこちらに近づいてきた。佐賀県出身のアキラ・キタムラだった。おそらく本名はキタムラアキラだろう。

「遅えよ」
「サーセン」太田が謝った。

アキラ・キタムラは太田を見下ろして威圧した。でも目はつぶらだった。クマを想起させた。太田はサングラスの丸いレンズをぱかっと外してフレームの斜め上に持ち上げ、「かんべんしてくださいよ~」とへらへら笑った。あのサングラス、そんな風になってんだなと宇都宮はどうでもいいことを思った。

「とりあえず、もう始まってるから、どっかのグループに入って。カツキは、あの隅の5人のグループな。君は…」
「あ、宇都宮です」
「宇都宮くんは、ノート持参?」
「あ、はい」
「使えるソフトは?」
「DTPソフトは、一通り扱えますが…」
「あ、そう。動画、作れる?」
「動画?」
「そう動画。映像」
「映像は…作ったことないです」
「あ、そう」アキラ・キタムラの口癖らしい。「まあいいや、あっちで輪になって座ってるグループに入って」
「あ、はい」

宇都宮はアキラ・キタムラに言われたグループの方に歩いて行った。太田も自分のグループへと散って行った。あんな太田でも、このような顔見知りのいない所で離ればなれになるのは心細かった。

ホールの天井は高く、体育館のように壁沿いに中二階が設置され、照明機材が置かれていた。点いてはおらず、天井の蛍光灯がホールを照らしていた。八角形だか十角形だかになっており、どのドアから入ってきたのかすぐにわからなくなった。それぞれのグループで何やらディスカッションが始まっており、スピーカーからはマイクをチェックする音が聞こえ、声と音がホール中にわんわんと響いた。照明や音響の機材とコンピュータをつなぐケーブルが無数に床を這っている。一方、寝転がって柔軟体操をする女子もおり、よくわからない空間になっていた。ディスカッションの様子を見回っている講師らしき女性と目が合い、宇都宮は会釈した。女性は宇都宮を見てにこっと微笑んだ。

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