「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第5回)藤原達郎

2017.08.29

アキラ・キタムラから指示されたグループは、四人でパイプイスを輪の形に並べて座っていた。ひょろっとした茶髪の男と、太った唇のぶあつい男と、背が低くて目つきの鋭い女は年下っぽかった。もう一人、キューピーのマヨネーズと同じ髪型の男は年齢不詳だった。バリカンで刈り上げ、頭頂部のみ髪がちょろっと立っていた。自動車の衝突実験で車内に置かれている人形のような身体つきで、姿勢も良く、何かスポーツをしているんだろうなと思った。

「遅れてきた人?」キューピーの男が言った。
「あ、はい、すいません」
「いいよ、まだ何にもやってないから」
「あ、はい」

茶髪の男がパイプイスを出してくれたので、宇都宮はぺこぺこしながらイスに座った。

「自己紹介でもしようか」キューピーの男が言った。
「あ、はい」宇都宮は座ったばかりなのにまた立った。「あ、宇都宮誠弥です。26歳です。会社員です。よろしくお願いします」緊張と照れで、ものすごく早口になった。

まんべんなく他の四人を見ると、キューピーの男以外は無反応だった。小柄の女に至っては宇都宮をにらんでいるように見えた。

「イングリッシュ、プリーズ」太った男が言った。
「…え?」
「プリーズ、イングリッシュ」
「…イングリッシュ?」
「彼ら、日本語通じないから」キューピーの男が言った。
「…え?」
「彼ら、韓国から来た学生」

参加者の三分の二は韓国から来た学生だった。先ほど見回っていた女性はセオさんといって大学の教授で、みんな彼女の生徒達だった。アキラ・キタムラと同じようなことを勉強しているらしい。全員がノートパソコン持参だった。釜山から博多までビートルという高速船に乗ってきて、そこからマイクロバスでこの大学まで来たようだ。

緊張と遅刻のバタバタで気付かなかったが、よく聞いたら飛び交う言葉の大半が日本語ではなかった。おそらく韓国語だ。そして彼らは日本語が話せないし、日本からの参加者はほぼ韓国語が話せない。このグループでは、やりとりは英語で行うことがさっき決まったのだと、キューピーの男が教えてくれた。

キューピーの男はサナリという名前で、ダンサーだった。「ダンサーって、ダンスの舞台とかに立たれてるんですか?」と宇都宮が聞くと、「あんまり」と言われた。「じゃあ、ダンス教室とかされているんですか?」と聞くと、「してない」と言われた。「えっと…じゃあ、どうやって生計を立てているんですか?」と聞くと、「ダンスだよ」と言われた。この男、かなりぶっきらぼうなので、宇都宮はそれ以上突っ込まず、「そうなんですね」と言っておいた。

太った男はフー、鋭い目の女はミンソ、茶髪の男はトゥーンと名乗った。トゥーンに「ファーストネーム?」と聞くと、「ニックネーム」と言われた。本名ではないらしい。が、なぜトゥーンと呼ばれているのかを英語で聞く力が宇都宮にはなく、とりあえず「ヤァ」と言った。yeahだ。宇都宮の英語力は大学受験の時がピークだった。それ以降まったく使っていない。文法もくそもなく、知っている単語を羅列してなんとかやりとりするしかなかった。先が思いやられた。

フーから「ユアーネーム?」と聞かれ、「アー…、マサヤ・ウツノミヤ」と答えた。「マサ?」とフーが聞き返してきた。「マサヤ」と宇都宮は訂正した。「マチャ?」とトゥーンが言った。ミンソが首を振り、「マシャ」とトゥーンに言った。「マシャ?」「ヤァ、マシャ」「いや、マサヤ」「マサ?」「ノー、マシャ」「あの、マサヤ…」「オォ、マシャ」「ヤァ、マシャ」「マシャ、マシャ」と、彼らの中でマシャで定着した。マシャだと福山雅治の愛称と同じになってしまうのでどうにか訂正したかったが、「福山雅治の愛称と同じになってしまうので変えてください」というのが英語で言えず、マシャで決定した。今思えばマサであきらめておけばよかった。サナリはそのやりとりを腕組みして黙って見ていた。

次にどのような作品にするのかを話し合った。「身体とメディアの融合」なので、生身のパフォーマンスと、映像とを組み合わせた何かを、それぞれのグループで作るらしい。明日の昼過ぎに一般客を招いてワークショップの成果発表会をするのだ。様子を見に来たアキラ・キタムラが教えてくれた。

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