「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第6回)藤原達郎

2017.09.06

前回

「ストーリー、レッツ、シンキング」とフーが言った。学生三人の中で、一番進行が得意というか、発言力があるのはフーのようだった。

だが、いきなりストーリーを考えろと言われても、そんなものを考えたことのある者はいないようで、みんな黙った。

「テルミー、ユアー、フェイバリット…うん」サナリが言った。最後の「うん」は適当な単語が思い浮かばなかったのだ。でも全員にニュアンスは伝わったようだった。好きな物事を挙げろということだ。「ちなみにアイライク、スリープ。スリーピング、ドリーム」サナリが言った。みんな、うなづいた。
「アイライク、サッカー」トゥーンが言った。
「アイライク、キャット」ミンソが言った。
「アイライク、ポルノ」フーが言った。「ポルノショップ。ピンク!ピンクピンク!」フーはあけっぴろげにエロかった。そんなフーを見て、トゥーンがギャハハと笑った。ミンソが「야해」と言って、トゥーンを叩いた。何と言ったのか宇都宮にはわからなかったが、なんとなく理解した。そしてフーとは気が合いそうだと思った。

みんなが宇都宮を見た。宇都宮の番だった。宇都宮は、「えーと…」と黙った。好きなものを挙げるのが苦手なのだ。というか、思い浮かばなかった。エロいものは好きだが、フーのようにあけっぴろげになる勇気が宇都宮にはなかった。「アイ、ライク…ハムスター」なんとなく無難な答えになってしまった。あとハムスターが英語なのかどうかいまいちわからなかった。「ユアーペット?」とフーが聞いてくれ、「イエス、マイペット」と答えた。みんながうなづいた。伝わったようだ。

「ザッツ、ミックス」サナリが言った。「ミックス、アンド、メイキング、ストーリー」

サナリ以外の全員が「アァ」や「オォ」と感嘆の声をあげた。今挙げた好きな物事を混ぜて、ストーリーを作れということだ。ダンスでそのような創作過程があるのかもしれない。フーが拍手をし、他の者もつられて拍手した。宇都宮もした。周りのグループがチラッとこっちを見て、またそれぞれの作業に戻った。サナリは表情ひとつ変えなかった。

みんなが挙げた好きなものを組み合わせて、「男が客引きの女の子に連れられて風俗店に入ってめくるめくサービスを受けたがお金が足りず、元サッカー選手の用心棒に蹴られてドブネズミのように捨てられ、女の子は実は化け猫で男は食われて死ぬ」というストーリーができた。とりあえず一歩前進した。みんなホッとしたが、フーは何やら考えていた。

「フー?」サナリがフーに聞いた。
「ワット、イズ、ディス、ストーリーズ、テーマ?」フーがサナリに言った。この話のテーマは何なのかと聞いているのだ。たしかに身も蓋もない話だと宇都宮も思った。
「んー…、マシャ、英訳して」サナリが宇都宮に言った。サナリの中でもマシャで定着していた。
「え?」
「俺、英語無理だから、今から言うこと、訳して」
「…やってみます」
「あー…、俺たちは、俺たちがおもしろいと思う素材を組み合わせてストーリーを作った。そしてそれをパフォーマンスとして発表できるので楽しい。ハッピー。満足である。で、客は俺らが楽しんで作ったパフォーマンスを見る。見て、何かを感じる。その感じる何かは、客によってそれぞれである。俺たちの楽しさと似たような感覚を共有する者もいるだろうし、つまらないと感じる客もいるだろう。それはそれでかまわないと思う。これは短期間で創作するワークショップであるし、テーマを提示できるに越したことはないが、大事なのは、俺らが楽しんでパフォーマンスを作ること、そしてそれを客が見て、何かを感じること。俺たちと似た感覚を共有する客が多くいればいるほど、このパフォーマンスは成功となる。俺らも楽しい。客も楽しい。シンゴジラの石原さとみ風に言えばウィンウィン♪である。極端な話、『テーマは◯◯です』と一言で言えるものは、わざわざステージで表現する必要はないと俺は思っている。主義や主張を提示することに特化した表現手段は、ステージパフォーマンスの他にいくらでもある。数十分なり数時間のパフォーマンスを通すことでしか表現できないものこそ、ステージで扱うべきテーマだと思う。そしてそれを、創作の始めの段階で『こうだ』と提示するのは非常に難しい。きっとテーマは後からついてくる。これはまあ、誰かの受け売りなんだけれど、誰だったかな。忘れた。…はい、訳して」
「無理です」無茶ぶりにもほどがあった。こいつ、俺の質問に対してはぶっきらぼうなくせに、ここぞとばかりにめっちゃしゃべりやがったと宇都宮は思った。

しかし言っている内容は、石原さとみの部分以外とてもいいと思った。なんとかフー達に伝えたいと思い、とりあえず「テーマ、イズ、イン、オーディエンス、ハート、…アンド、インマイハート…ウィンウィン♪」と言ってみた。石原さとみが前面に出てしまった。フーは困ったような笑顔を浮かべた。これは腑に落ちていない。

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