「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第6回)藤原達郎

2017.09.06

主役の男はサナリが演じることになった。サナリ以外の者はステージに立ったことなどなかったが、女性はミンソしかいないので、ミンソも演じることになった。ミンソはイヤそうだったが、他全員で説得した。「風俗店のめくるめくサービス」にあたる部分は、生身の人間が演じるとストリップショーになってしまうので、そこは何かしらの映像を作ることにした。あと男がドブネズミになってしまう所とか、女が猫に変身する所とかも映像を作ることにした。

サナリ以外の者がノートパソコンを取り出した。みんなリンゴのマークのついたコンピュータだった。宇都宮の会社のデザイン部門で使用しているコンピュータもMacだが、映像制作もMacなのだなと思った。

ミンソがコンピュータを立ち上げていると、サナリが「ミンソ。レッツ、パフォーマンス、トレーニング」と言ってミンソを呼んだ。ミンソは映像制作よりも演技の練習なのだった。ミンソは露骨にイヤそうな顔をした。フーが「ミンソ」と言い、トゥーンが「ミンソ」と言い、宇都宮が「ミンソ」と言った。ミンソは三人をにらみ、しぶしぶサナリの方へと向かった。

サナリとミンソは、まず冒頭の客引きのシーンを練習した。が、言葉が通じないのと、ミンソが恥ずかしがるのとでうまくいかなかった。

サナリが「マシャ」と宇都宮を呼んだ。

「はい」
「『誘惑』って、英語で何て言うの?」
「…テンプテーション、ですかね?」
「ミンソ、レッツ、テンプテーション、ミー」サナリがミンソに言った。和訳すると「ミンソ、俺を誘惑してくれ」だ。演技とは言え、けっこう無茶な要求だ。
「ミンソ、セクシーポーズ」フーが調子に乗った。そして口を半開きにしてマリリンモンローがとりそうなポーズをとった。
「ミンソ、セイ、アハ~ン」トゥーンが便乗してセクシーボイスを発した。ミンソがトゥーンをにらんで舌打ちした。ミンソはトゥーンに厳しい。
「ポーズオンリー、オーケー?」サナリがさきほどフーのとったセクシーポーズをマネした。「ミンソ、レッツ、ポージング」

ミンソはぎこちないながらも、サナリと同じポーズをマネした。

「オーケー、オーケー。アンド、セイ、アハ~ン」
「…ノー」ミンソが拒否した。
「オーケー。リピート、アフター、ミー。『ア』」
「…『ア』」
「『ハー』」
「『ハー』」
「『ン』」
「『ン』」
「オーケー。レッツ、コネクト」つなげろと言っている。「『ア』アンド、『ハー』アンド、『ン』」
「『アハーン』」棒読みだった。
「オーケー。マシャ、ミンソにそれでいいって伝えて」
「ミンソ、ザッツ、オーケー」
「オーケー?」
「オーケー」サナリが言った。棒読みでいいと言っているのだ。
「ポージング、ミックス」サナリがモンローのポーズをとり、棒読みで「アハーン」と言った。ミンソもおずおずとポーズをとり「アハーン」と棒読みした。

それは確かにぎこちないポーズで、セクシーさのかけらもない棒読みだったが、ミンソから隠しきれずに見える恥じらいが妙にくすぐったかった。普段ツンとしている女子が意中の男子に言う「あんたのことなんか…何とも思ってないんだからね!」に似ている。ミンソの切れ長の目がツンにハマっていた。宇都宮は萌えた。

「グレイト!」サナリが拍手した。フーとトゥーンと宇都宮も拍手した。ミンソは照れた。その姿に宇都宮はまた萌えた。こういうのを演技というのかどうか、宇都宮にはよくわからなかったが、サナリは相手からそのような要素を引き出すのがうまかった。

他のグループも創作にかかっており、映像制作と演技の練習を同時進行していた。太田カツキの笑い声がギャハハと響いた。伸び放題の金髪と迷彩柄のオーバーオールが悪目立ちしており、遠くからでもすぐにわかった。同じグループの女の子と身振り手振りで談笑している。完璧になじんでいた。太田に言葉の壁など関係ないのだった。

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

ページ: 1 2 3 4 5