「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第6回)藤原達郎

2017.09.06

作業をしていると「はかどっていますか?」とセオさんに後ろから話しかけられた。セオさんの日本語は流暢だった。

「演技はサナリさん、映像はフーさんが引っ張ってくれているので、はかどっています」宇都宮は振り向いて言った。

セオさんはうなづき「후, 잘 해봐」とフーに言った。フーはモニターを見たままうなづいた。セオさんの口調は強く、バイタリティのあふれる方なのだろうということがよくわかった。そうでないと20人もの生徒を日本まで引率したりしないだろう。

「休憩は各グループで都合のいい時にとってください」とセオさんは言い、別のグループの様子を見に行った。気がつけば四時間が経過していた。はかどっているとは言ったものの、まだ冒頭のシーンしか作っていない。煮詰まってきたので一旦休憩することにした。

みんなで建物の外に出ると、近くに設置された喫煙スペースで、受付にいた丸い印象の女が煙草を吸っていた。宇都宮が会釈すると、丸い女も無言で会釈した。トゥーンはどこで覚えたのか「オツカレサマデス」とぎこちないイントネーションで言うと、丸い女は少し笑って「おつかれさまです」と返した。

休日の食堂は寮生のためにしか開いておらず、アキラ・キタムラから最寄りのファミレスの場所を聞いて向かった。山を切り開いて建てた校舎なのか、車で入って来た道の反対側は斜面になっており、急な階段を上がった。夕方になると肌寒くなってきた。ホールの中に上着を置いてきたことを宇都宮は後悔した。

移動中もサナリとミンソは何やら演技のことを話しており、トゥーンがミンソの様子を気にしていた。さらにその様子をフーと宇都宮は横から見て、にやにやと笑った。フーとはやはり気が合った。

階段を上がりきると目の前は材木置き場で、太い木がピラミッド型に積まれていた。脇に黄色い重機が停まっている。細い道の上を電線が異常にたくさん走っていた。歩いていると、赤い庇で囲まれた卵の自動販売機がぽつんと設置されており、ミンソが「エッグ?」と聞き、サナリが「イエス、エッグ」と答えた。通り過ぎる時、トゥーンもフーも口々に「エッグ?」と言い、みんな興味津々だった。誰も買わなかった。

国道沿いを少し歩くとファミレスがあった。ドアを開けるとメロディアスな入店音が流れ、男の店員がやってきた。「何名様でしょうか」と店員が聞くと、サナリが手をパーの形にして「ファイブ」と答えた。日本語でいいのに、と宇都宮は思った。使用言語がごちゃごちゃになっている。店員は一瞬ぽかんとしたが、「こちらへどうぞ」と窓際の席へ案内してくれた。店内はそれなりに混んでおり、ほとんどが学生っぽい若者で、ドリンクバーを片手にだべっていた。この辺りで他に遊びに行く所などないのだろう。テーブルをはさんで片方のソファに宇都宮とサナリが座り、もう片方にフーとトゥーンとミンソがぎゅうぎゅうに座った。宇都宮はふと気になって「ドゥー、ユー、ハブ、ジャパニーズ、マネー?」とフーに聞いた。フーは「ヤァ」と言い、お札を見せてくれた。

フー達はメニューを見ながら韓国語で話し合っていたが、決まったようで、宇都宮を見てうなづいた。宇都宮はテーブルの隅に置かれたブザーを指して「ザッツ、ブザー、プッシュ。ウェイター、カミング」と言った。ミンソがブザーを押すと、妙にくぐもった呼び出し音が店内に響き、店員が「お決まりでしょうか」と言いながらやってきた。「オォ」とフー達は言った。店員はぽかんとした。

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