「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第7回)藤原達郎

2017.09.13

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ホールに戻ると、太田カツキのグループがステージを使ってリハーサルしていた。太田はコンピュータを扱えないのでパフォーマーだった。床のスクリーンに日本語と韓国語の文字が散らばっており、太田が文字を拾って、壁のスクリーンに投げるジェスチャーをすると、文字が壁にびゅんと飛んで行った。写植のようだった。今は完全にデジタル化されているが、昔は文字の形のプレートを一つ一つ組み合わせて文章を作る写植という方法で印刷が行われており、太田達のパフォーマンスにはアナログとデジタルの融合が見て取れ、おもしろいと宇都宮は思った。太田は次々に文字を投げ、「太田カツキです。彼女募集中( ´ ▽ ` )ノ」という文章ができ上がった。日本語と並んで韓国語の文章もでき上がり、同じ顔文字があったので、韓国の女性にも募集をアピールしていた。最後に太田が奥のスクリーンに走って行って激突し、バタンと倒れると、太田の人型がスクリーンに残った。おもしろくて腹が立った。アキラ・キタムラが「文字の飛ばし方が単調なので、もっとバリエーションを増やして遊べるんじゃないか。あと文章の内容」などとアドバイスしていた。対抗意識が芽生え、宇都宮達も早速作業にとりかかった。

「マシャ」フーに呼ばれた。「プリーズ、ドローイング、イラストレーション、ウーマンズ、バスト」女性のおっぱいのイラストを描いてくれと言われた。
「…オーケー」宇都宮は戸惑いながらも了解した。戸惑ったのは、女性のおっぱいのイラストを描くこともさることながら、絵心がないからだった。コンピュータのお絵描きツールで円を二つ描いた。マウスでうまく円が描けず、ぐにゃぐにゃした線になった。そして円の真ん中あたりにピンク色のぽっちりを描いた。完成です。

宇都宮はパイプイスにもたれ、眉間にしわを寄せ、腕組みをし、イラストが表示された画面を無言でながめた。公衆便所の落書きと変わらない。わざわざ筑後まで来て俺は何をやっているんだろうとアホらしくなった。

「アイ、ドゥイット」フーにイラストを見せた。フーはイラストを見ると、表情がなくなった。
「…アイムソーリー。マイ、アートセンス、ナッシング」絵心がなくてごめんと謝った。

フーはしばらく無言でイラストをながめていたが「ザッツ、オーケー」と言った。

「え、いいの?」普通に日本語で聞き返してしまった。
「プリーズ、モア、ポルノ、イラストレーション」もっとエロい落書きを描いてくれと言われた。フーには何かアイディアがあるのだろう。

フーのエロスを具現化するため、宇都宮は一生懸命エロい落書きをした。もう20点近く描いていた。男性器や女性器の記号はもちろんのこと、ネタがなくなってワカメやマツタケまで描き始めていた。一生懸命過ぎて後ろにサナリが立っていることに気がつかなかった。サナリに「マシャ」と声をかけられてビクッとした。振り返って見ると、ミンソもいる。画面を凝視していた。宇都宮は半笑いでモニターをたたみ、席を立って「なんですか?」と聞いた。

「俺が、元サッカー選手の用心棒に蹴られて、ドブネズミのように追い出されるシーンがあるだろう?」自分たちで考えたものの、とんでもないシーンだった。
「はい」
「マシャ、元サッカー選手の用心棒やって」
「無理です」サナリは無茶ぶりが得意だった。
「どうしてももう一人、パフォーマーがいるんだよ」
「フーかトゥーンに頼んでください」
「マシャはエロい落書きしてるだけだろう」

その通りだった。宇都宮は「フーに頼まれたから…」と言いわけしながら、サナリとミンソの練習に加わった。

「俺が、お金がなくて困ると、ミンソがマシャを呼ぶから、出てきて、俺を蹴って」サナリが言った。
「…本当に蹴るんですか?」
「本当に蹴るんだよ」
「大丈夫ですか?」
「痛くないように蹴ったら大丈夫だよ」
「…はい」

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