「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第7回)藤原達郎

2017.09.13

サナリが財布を取り出すジェスチャーをし、中を見、「すいません、お金がありません」と言った。ミンソが「は?」という顔をした。サナリが財布を逆さまにして振って「お金がありません」と言った。ミンソが「돈 없어?」と言い、サナリが「え?」と言った。「카드는?」と言いながらミンソはサナリの財布をとった。「お金がないんです」とサナリが言った。ミンソが何と言っているのかわからなかったが、サナリとミンソはコミュニケーションが取れないというシーンにしたようで、わからなくてもいいのだなと途中で理解し、宇都宮は面白いと思った。ミンソが「좀 와 줘!」と言い、宇都宮を見た。サナリも見た。用心棒が呼ばれたようだ。宇都宮はきょろきょろしながら挙動不審気味に二人に近寄った。

「もっと用心棒っぽく来いよ」サナリにダメ出しされた。
「用心棒っぽくって何ですか?」
「用心棒だよ」
「わかりませんよ」
「三船敏郎だよ」サナリは黒澤明の映画のことを言っていた。
「見てません」
「イメージだよ、イメージ」
「…」宇都宮はとりあえず、背筋を伸ばし、胸を張って歩いてみた。普段猫背なのでぎこちない歩き方になった。
「이 사람 돈 안 내」とミンソが宇都宮に言った。韓国語だからだろうか、それとも演技することに慣れたのか、ミンソはずいぶん自然にセリフを言っているように見えた。意味はわからなかった。宇都宮はぎこちない姿勢のまま、サナリをちょこんと蹴った。
「…なんだよ、それ」
「え、蹴ったんです」
「もっとちゃんと蹴れよ」
「ちゃんと蹴ったら痛いでしょう」
「本気で蹴るなよ」
「じゃあどうしたらいいんですか」
「痛くないようにちゃんと蹴るんだよ」

サナリの要求が高度過ぎる。どうすればいいかわからなかったので、とりあえず宇都宮は八割くらいの力でサナリの尻を蹴った。

「いって…」サナリがもだえた。「痛えよ!」
「力加減がわかんないんですよ!すいません!」
「こうやるんだよ!」サナリが宇都宮の尻を蹴った。痛かった。
「痛いですよ!」
「我慢しろよ!」
「じゃサナリさんも我慢してくださいよ!」宇都宮はサナリの尻を蹴った。
「いって…お前今本気で蹴ったろ!」
「さっきと一緒ですよ!」本気で蹴った。
「俺は加減して蹴ってんだよ!」またサナリに蹴られた。さっきより痛かった。
「サナリさんこそ本気で蹴ってるでしょ!」
「俺の本気はこうだよ!」また蹴られた。

そのあと、サナリと宇都宮はお互いを罵りながら3~4回ずつ蹴り合った。フーとトゥーンとミンソはその様子を見て爆笑した。面白いらしい。尻をもみながら「…ん、まあ、そういうことだよ」とサナリは言った。宇都宮にはよくわからなかった。蹴り合うシーンは採用になった。ケツが痛い。

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