「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第7回)藤原達郎

2017.09.13

「じゃあ、今日は一旦締めます」

マイクを通してアキラ・キタムラが言った。閉館時間になってしまった。セオさんが「나갈 준비 해!」と大声で言った。似たようなことを言っているのだと思うが、怒っているように聞こえた。

フーはノートパソコンを片付けながら「ウイ、ワーキング、アット、ホテル」と宇都宮に言った。ホテルで作業の続きをすると言っているのだろう。「マシャ、プリーズ、メニー、メニー、ポルノ、イラストレーション。アンド…」と、翌日までに用意してほしい素材を宇都宮に伝えた。

「ヤア」宇都宮は答えた。宇都宮も引き続き作業するつもりだった。小倉まで帰る時間が惜しい。

外に出ると真っ暗だった。大学の周りに灯りの点いた建物は少なく、外灯だけがぽつんぽつんと光っていた。丸い印象の女がホールの施錠をした。ここの事務員のようだった。

韓国の学生たちはマイクロバスに乗り、JRの最寄り駅付近にあるビジネスホテルへと帰って行った。駐車場で見送っていると、フー達がバスの中から手を振っていた。宇都宮は手を振り返した。

バスが見えなくなると太田が近づいてきた。「まあまあ楽しいだろ?」別に太田が企画したわけではないのに、得意げだった。

「うん」
「明日、打ち上げがあるらしいぜ」
「あぁ、そう」宇都宮は上の空だった。今晩中にやらないといけない作業のことで頭がいっぱいだった。
「宇都宮も飲むだろ?明日は電車で来ようぜ」
「…俺、今日帰んないわ」
「うん…え?」
「車の中で作業する」
「え、じゃあ俺は?」
「電車で帰る?」
「え…めんどい」
「じゃあ、後部座席で寝て」
「…え~」

太田はその後も、自分がどれくらい家に帰りたいのかということを主張し続けたが、宇都宮に帰る気がないことがわかると、アキラ・キタムラに電話し、「俺、先輩と飲みに行ってそのまま泊めてもらうから」と去っていった。

宇都宮は事務員らしき丸い女に「車、明日まで停めたままでもかまいませんか?」と聞いた。かまわない、と丸い女は言った。車中泊することは黙っておいた。レンタカーの会社に電話をして、返却日を一日延ばす旨を伝えた。

国道沿いのコンビニでお茶とおにぎりを買って戻ってくると、ホールの灯りも消え、学校は真っ暗だった。丸い女も帰ったのだろう。宇都宮はしんとした校庭にピュイピュイと甲高い音を響かせ、車のロックを解除した。思いのほか解除音が響き渡り、びくびくしながら周囲を見回したが、誰も来なかった。運転席だとハンドルが邪魔だなと思ったので助手席に座った。太田のこぼしたオイルの匂いがほんのりした。気のせいかもしれない。 宇都宮はエンジンをかけてエアコンを効かせ、ノートパソコンを立ち上げながらおにぎりをほおばった。ステレオからaikoが流れた。

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