「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第8回)藤原達郎

2017.09.20

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昼過ぎにリハーサルを行った。他のグループからの視線を感じた。サナリは慣れたもので、風俗店でめくるめくサービスを受けるシーンでは、ふにゃふにゃとよくわからない踊りを披露した。脳を通さず、反射で動いているようだった。演技と映像を合わせるのは初めてで、タイミングが合わず、変に沈黙ができたりした。ミンソは緊張していた。練習で普通にできていたことまでミスした。「ミンソ、リラックス」とサナリが言った。ミンソが固い笑顔を返した。「きっかけを決めて」とアキラ・キタムラから指示が出た。セオさんが韓国語でフー達に何かを伝えた。サナリと宇都宮が蹴り合うシーンは手を抜いた。痛いから。「本番は本気で蹴ります」とサナリがスタッフに伝えた。リハーサルの様子を見ながら、同時にスタッフが照明を作り、音を合わせた。壁のスクリーンにミンソの顔が映った。目が合っているような気がして、宇都宮はスクリーンのミンソをじっと見た。リハーサルで何をすればいいのかわからず、用心棒のシーンでちょっとステージに出た以外、宇都宮は呆然と見ていただけなのだが、自分たちの考えたものが立ち上がっていく過程に興奮していた。

リハーサルを終え、演技と映像のタイミングについてサナリとフーが話し合った。サナリの意図を宇都宮が英語でフーに伝えた。リハーサルの興奮と時間がないことへの焦りから、一つ一つの単語に妙に力が入った。フーは理解し、トゥーンと映像の最終調整を行なった。手の空いた者は成果発表会の準備をした。一時間後にはもう客がやってくるのだ。散らかった荷物を片付けたり、ステージの前にパイプイスを並べたりした。事務の丸い女がアキラ・キタムラと打ち合わせをしていた。

薄暗くなったホールの中で宇都宮はぼーっとステージを見ていた。ワークショップの参加者は客席のさらに後ろで待機していた。客がぞくぞくと入ってきた。大半がここの学生のように見えた。教授らしき人も何人かやってきて、アキラ・キタムラがあいさつをしていた。出番はちょっとだが緊張してきた。ちょっとしか出ないのにこれだけ緊張するのだから、ミンソの緊張は相当なものだろう。ミンソはトゥーンと何やら話していた。不安そうだった。トゥーンの腕に触れていた。自分も触れられたいと宇都宮は思った。後ろから肩を叩かれた。フーだった。「マシャ、レッツ、スモーキング」と喫煙に誘われた。

客の流れに逆らって、宇都宮とフーはホールの外に出て煙草に火をつけた。「コンプリート?」と宇都宮は聞いた。「ヤア」とフーが答えた。映像の処理を終えたようだ。目が充血していた。「マシャ、イズ、グラフィックデザイナー」フーが言った。あの落書きみたいなイラストのことを言っているのだろうか。印刷会社に勤めてはいるが、デザイナーではないので、宇都宮は手を振って「ノー」と笑った。ギャルっぽいメイクにジャージの女の子が宇都宮たちの前を通り過ぎた。いい匂いがした。

「ユア、ジョブ、イズ、ハード?」フーに仕事は大変かと聞かれた。繁忙期には当然仕事が立て込む。基本的に受注産業なので、客に「明日までに仕上げてくれ」と言われれば徹夜してでも用意する。家庭用パソコンでチラシのデザインができる時代だし、ネット印刷の台頭や紙媒体の減少など、業界自体が縮小傾向にある。毎年のように合併や倒産の噂を耳にする。客の要望には可能な限り答えないと生き残っていけない。「イエス」と答えた。楽な仕事などまずない。フーはうなづいた。

「アイ、ウォントゥ、ビー、プロダクトデザイナー」煙を吹かしながらフーが言った。プロダクトデザイナーは製品のデザインをする人のことだ。携帯電話のデザインなどもそうだ。友達のような感覚で接していたが、フーはまだ学生だった。宇都宮より確実に二、三年後の未来を見据えている。フーなら何にでもなれると宇都宮は思った。適当な言葉が見つからず、親指を立ててうなづいた。フーが照れる様に笑った。スマホを取り出し「テルミー、ユア、メールアドレス」と宇都宮は言った。フーとアドレスを交換した。事務の丸い女が入口から顔を出し、「もうすぐ始まりますよ」と宇都宮たちに声をかけた。煙草を消し、ホールへと戻った。

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