「抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年」(第8回)藤原達郎

2017.09.20

サービスが終了し、ミンソがサナリに「시간이 다 됐습니다」と言うと、サナリは素に戻った。激しく踊ったので肩で息をしている。ミンソがサナリに手を出し「지불 하시겠습니까?」と言うと、サナリは「ありがとう」と言ってミンソと握手した。ミンソは「아니 그게 아니라」と言い、再度手を出した。サナリは再び手を取り、「とてもよかったです」と微笑んだ。ミンソが英語で「ノー。プリーズ、マネー」と手を振りほどいた。サナリは「…あぁ」と言い、財布を取り出すジェスチャーをした。サナリが「ハウマッチ?」と言い、ミンソが「46000 yen」と言った。そろそろ宇都宮の出番だ。サナリを本気で蹴飛ばすのだ。蹴り返しに備えるのだ。心臓がばくばく言って、身体の外に音が漏れてんじゃないかと思った。

サナリが財布を確認し、「ソーリー、アイ、ハブ、ノーマネー」とミンソに言った。ミンソがため息をつき「돈 없어?」と言い、サナリが「え?」と言った。「카드는?」と言いながらミンソはサナリの財布をとった。「お金がないんです」とサナリが言った。ミンソが「좀 와 줘!」と言い、ステージの脇で体操座りして待っている宇都宮を見た。用心棒が呼ばれた。宇都宮はバッと立ち上がった。立ちくらみがした。頭を抱えてふらふらしながらミンソに近づいた。「…アー、ユー、オーケー?」と言い、ミンソが宇都宮の腕をさわった。心配してくれている。立ちくらみが一瞬で治った。「オーケー、オーケー」と胸を張った。「이 사람 돈 안 내」とミンソがサナリを指差した。宇都宮は「コノヤロー」と迫力なく言い、サナリの尻を本気で蹴った。

サナリは吹っ飛び、床をごろごろ転がって痛がった。客席から笑いが起こった。サナリは蹴り返して来ない。あれ、本気で蹴り過ぎたかなと宇都宮はちょっと心配になった。ミンソが小声で「サンクス」と言い、宇都宮に手を振った。出番は終わりということだろうか。いいのかな。宇都宮はステージの脇へと去った。去ってから、練習での蹴り合いは、宇都宮の本気のキックを引き出すための芝居だったのだと気付いた。ミンソも知っていたようだ。サナリにまんまと騙された。

サナリはごろごろ転がりながら、身体を小さく小さく畳んで行き、ちょこまかと動き回った。床のスクリーンにたくさんのネズミが這い回り、奥のスクリーンには路地裏のポリバケツとゴミの山が映し出された。サナリはドブネズミのように捨てられたのだ。名付けるまでもなくネズミダンスだった。

ポリバケツの上に猫がぴょんと飛び乗った。ミンソが這い回るサナリの前に立った。スクリーンにミンソのバストアップが映り、徐々に猫にモーフィングしていき、ぶにゃあと鳴いた。そしてサナリだったネズミをつまみ上げ、口の中に放り込み、咀嚼し、ゲップした。ステージ上のサナリはいつの間にかいなくなっていた。ミンソもそのままステージから去って行った。路地裏のゴミの山だけがスクリーンに残り、ステージの明かりが溶暗して行ったーー。客席から拍手が起こった。

その後、他のグループの発表があったのだが、宇都宮は自分達の発表をずっと反芻していて、内容をほとんど覚えていなかった。最後に講師陣によるデモンストレーションがあった。アキラ・キタムラとセオ教授が映像を担当していた。女性のダンサーがステージに立ち、足を持ち上げると床の映像が宇宙に浮かぶ地球にまでズームアウトされ、また足を下ろすと目の前の地面まで拡大された。そのようにしておぼつかない足で数歩歩くと雨が降ってきて、床に水の波紋が広がった。女性のダンサーは波紋に合わせて身体を震わせた。やはり映像のクオリティが桁違いに高く、自分達との違いを見せつけられたような気がした。

そのようにして、発表会は終わった。

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