椎木樹人・川口大樹に聞く、ガラパ15年の歴史!

2019.07.01

ガラパ15周年記念プロジェクト第2弾 万能グローブ ガラパゴスダイナモスプロデュース『ナイス・コントロール』(脚本・演出:川口大樹)が7月3日(水)〜7日(日)、福岡市中央区天神のイムズホールで上演される。

ガラパ15周年記念プロジェクト第2弾 万能グローブ ガラパゴスダイナモスプロデュース『ナイス・コントロール』

レトロなカフェのような空間には、戸惑い慌てふためいた10人の男女とバーテンダーのような風貌をした小鬼がひとり。
小鬼によれば、ここはあの世とこの世の狭間で、10人の男女は現世で命を落としたためここに集められたという。
早く現世に戻りたいと懇願する皆々に対し、与えられた7日間という時間の中で、毎日1度だけ全員の意思を確認する投票が行われ、全員の意思が一致すれば現世に戻れるという。
チャンスは7回。
だが、次第に互いの素性が明らかになっていき……。

今回、劇団史上初のプロデュース公演を行う万能グローブ ガラパゴスダイナモス(福岡)。「福岡でしかできない」「福岡のエンタメ界のオールスターを結集」したプロデュース公演。上演するのは、2013年に初演を行なった『ナイス・コントロール』。初演時には欲望に振り回される人々を滑稽に描き出したコメディが、このたび、「選択」の物語として生まれ変わる。

15周年を目前に控え、ガラパはどのような選択をして、ここにたどり着いたのか。主宰の椎木樹人と、脚本・演出を務める川口大樹、制作の西山明宏に、ガラパの歴史について聞いた。

構成・執筆:藤本瑞樹

最初から、自分たちでやるってことしか考えてなかった

―今日はもう、作品について聞くのはいいかなと思ってて。

3人 えっ(笑)

―そういうのはmola!じゃなくて他所でもしゃべるだろう、と。

3人 (笑)

―前回のインタビューがとても評判よくて。「あ、トップを走ってる劇団でも悩みがあるんだ」っていうのが共感を生んだのかなと思うんですけど、結構読まれた印象があって。こういう話は数字持ってるな、と。

西山 「数字持ってる」(笑)。

―なので、今回は公演の中身について重点的に聞くというよりも、せっかく初の椎木・川口両氏そろってのインタビューなので、旗揚げからこれまでのガラパの来し方を聞いた上で、その延長上、集大成として今度の公演がありますみたいな流れでお話を聞けたらと思います。あと、ふたりは仲がいいの? みたいなことも聞こうと思ってます。

川口 (笑)

―そもそも椎木さんと川口さんはどこで出会ったんですか?

川口 僕が椎木の2つ上で、大濠高校の演劇部の先輩だったんです。
椎木 なんにもわかんないで演劇部に入って、一から教えてもらいました。
川口 僕と椎木の家がたまたま同じ町だったんです。中学も隣で、帰り道がほとんどいっしょで。部活が終わっていっしょに帰る、という。そこから今まで付き合いが途切れたことがない。
椎木 ないですね。川口さんは引退してもたまに演劇部に来て、大会の前にアドバイスしてくれたり。
川口 僕は先に卒業してたんで、田坂(※1)とかと劇団立ち上げて。高校は違うけど田坂と同級生なんで、合同公演とかやってて。卒業していっしょに「バキューンカンパニー」という劇団を旗揚げして、そこで哲ちゃん(田坂)がずっと作・演出をやってました。1年くらいしかやってないのかな? で、哲ちゃんが抜けて、非売れ(※2)を作る、っていう話になって。

※1)田坂
田坂哲郎。非・売れ線系ビーナス主宰。

※2)非売れ
非・売れ線系ビーナス。2003年結成。福岡を拠点に活動している。

椎木 非売れ始まってたんだ。
川口 俺も非売れ誘われてたの。でも、元の劇団にも愛着があったし、僕が抜けたらもうこの劇団活動しなくなっちゃうなというのがあったので、哲ちゃんの芝居も好きだったけど元の劇団に残って。だから初期の非売れはずっと客演してたの。2〜3年かな。でも結局元の劇団もあんまり活発にやらない感じで、という頃にちょうど椎木が卒業して、劇団をやろうか、ということになりました。
椎木 非売れがガラパの1年先?
川口 非売れは2年先かな。
椎木 時系列がなんか変な感じだな……。ガラパって名前だけの時期が1年くらいあって。1回も公演してないのに、「万能グローブ ガラパゴスダイナモス」っていう名前は客演するたびについてる、みたいな時期があったんです。
川口 1年間、作戦を練ってて。旗揚げするって決めた時点で、椎木の1つ下の代ともいっしょにやろうって考えてたから。その子らが卒業するまで1年間何もしないのももったいないという話になって、劇団っていう組織は作って、僕と椎木が客演のたびに、「(万能グローブ ガラパゴスダイナモス)」って屋号をつけて、名前を売ってました。非売れの客演もガラパ所属で出たかな。で、4月には活動が開始できるっていうのに、3月に「もう待ちきれん」ってなって、第0回公演をやったり。

―うちにもその0回公演のチラシがまだあります。

椎木 えっ!
川口 えー!
椎木 チケットの作り方とかもわかんないから、お札よりデカいチケットとか作って。
川口 あと入稿の仕方がわかんなくて。jpgのザラザラのやつで入稿して、解像度がすごく低いチラシが納品されてきたりとか。裏の字が読めないっていう(笑)。
椎木 チラシはちゃんと作らんといかん、チケットも作らんといかん、というのだけがあって、質は全然だったな。やり方わからんけどやろう、という。
川口 客は呼ぼう、っていう話はちゃんとしたりして、作戦を練ったり。……やってることは今とあまり変わってない。
椎木 当時からホームページ作りましたもんね。当時はホームページ持ってる劇団とかあんまなくて。手作りでつくってましたね。
川口 ジオシティーズ。
椎木 この前終了したジオシティーズ。
川口 旗揚げ公演する前にホームページ作ってましたね。

―今日は西山さんにお話を聞く分量がおそらく少なめです。すいません。

西山 いやいや(笑)。今日はただの付き添いなんで。聞いてて面白いです(笑)。
椎木 ガラパの歴史。
西山 ガラパの歴史(笑)。

―こういう「解像度低いまま入稿した」みたいな話が、特に若い子たちなんかには、「ガラパもそういう時期あったんだ!」って響くんですよ。数字につながるんすよ。

3人 (笑)
西山 mola!のページビューが増えていく(笑)。
川口 手書きで作った仮チラシとかあったな。
椎木 手書きやったね。でもキャラクターだけはなぜか初めからあって。
川口 ガラパくんだけ作ってあった。
西山 「基本、作り方わからないから手探り」っていうのは今もそうですよね。
椎木 自分たちでやるってことしか考えてなかったもんね。
西山 それはすごいですよね。
川口 あと、「“シチュエーションコメディ”って書く」ってことだけは決めてて。福岡であんまりそういうこと謳ってる団体がない、って言ってて。
椎木 最初は脚本も川口さんが書く予定じゃなかったんですよね。

―そうなんだ!

椎木 もともと別のメンバーが本を書きますってなってて。忘れもしない、吉塚のジョイフルで(笑)。ほんとこんな、今みたいな座り位置ですよ、僕と川口さんが脚本見せられて。読んで、「んー……」って。

―(笑)

椎木 「これか……?」ってなって。「書き直した方がいいよねー」ってなったところで、川口さん書いてみる? という話になって、「書いたことないけど……」って。

―川口さんは高校のときは作・演出はやってなかったんですか?

川口 高校の時は舞台監督やってたんで。役者もやってなかったです。
椎木 で、書いてきて。それが僕らが今まで見たことがないような、ワンシチュエーションの会話だけで笑いばっかりみたいな芝居で。それがすげえ新鮮で。……あのときは本書くのまあまあ早かったね。
川口 (苦笑)そうそう。まあまあね。そのあとも別に書くつもりはなかったから。他に本書けるメンバーいたから。旗揚げは別のメンバーが書いてる。
椎木 それがあまり評判よくなくて、「あの第0回公演の方がおもしろかった」みたいになったから、第2回公演で、そいつと川口さんとで、同じタイトルで1時間ずつの作品書いて競演しようっていうことをして。そしたらもうそこでもうついにもう、「川口さんの本の方がおもしろいよね」ってなって。
川口 いやいやまあまあ、たまたまね。
椎木 笑いの芝居のスタイルが、当時あまりなかったからね。「ギャグ!」みたいなのはあったけど。
川口 会話劇っていうのはあまりなかったですね、周りに。似たようなことをやってる劇団はいくつかありましたけど、「シチュエーションコメディ」って銘打ってブランディングしたのは珍しかったのかもしれません。
椎木 よくわからんけど「シチュエーションコメディ」って言いよった。
川口 「とりあえずシチュエーションコメディって言っとこう」って。
西山 (笑)

忘れもしない、『惑星クレイジー』

椎木 でも川口さん何回もやらかしてるからね。

―「やらかしてる」とは?

椎木 mola!にやらかしてる話をしてもいいんですか?

―書くか書かないかは聞いてみて決めます。

椎木 (笑)2年目3年目と動員が右肩上がりで、400人ちょいくらい入るようになって。「これはもう勝負する時期やな」となって、年末にプチロングラン公演というのをやるんですよ。そもそもロングラン公演というのを福岡でやってるところがあまりなくて。だいたい週末3回公演みたいな。それを、1週間やる、と。甘棠館Show劇場を1週間押さえて。甘棠館を1週間借りるところもあまりなかったんですけど。で、1週間毎日公演をやったんですよ。甘棠館が久々すぎて、舞台装置もあまりうまくいかない上に、本がとにかく書けなくて。
川口 書けなかった〜。
椎木 本番初日はラストのシーンがなかったんですよ。
川口 なかった。

―え!

川口 なかった。
椎木 エチュードでやる、っていう。
川口 マジで書き上がんなかった。
椎木 しかも、出てんの川口さん。でも1ミリも、1秒も、1行も台詞覚えてないから。
西山 (爆笑)
椎木 でもシチュエーションコメディだから、言っとかなきゃいけないことが結構あって。「ケーキをしまってる」とか、伏線になるようなことを。でも川口さん言わないから、相手役が「あれー? なんか持ってきたって言ってませんでしたっけ?」「えー?」みたいな助け舟出して。「あのー、ほら、なんでしたっけ、プレゼントを、ほら……」「あー、ケーキ?」みたいなことをずっとやってて。とにかく川口さんに必要なことを言わせるっていう。ラストも流れしかなくて。手書きの、箇条書きみたいなやつで。
川口 エチュードやって鉛筆でバーッと書いて。
椎木 それやって、まんまとお客さん入んなくて。ズタボロで。
川口 しかもよりによって張り切って、ロングランの真ん中で映像イベントをやるっていう。やったことないのにショートムービー撮るとか。
椎木 徹夜で撮ったりとか。ボロッボロでね。その、プチロングランの前が450人くらいの動員だったのが、プチロングランで460人くらいで(笑)。ほぼ伸びない。
川口 ほんとはそこで500人超える予定だったんですけど。初めて動員の伸びのグラフが横ばいになりましたね。「失敗した……」っていう。
椎木 で、もうちょっと「解散だ」ってなって。マジで、ほんとキツくて。精神的にも疲弊してたし、身体もキツくて。ほんと地獄みたいな芝居で。
川口 あれはもう忘れもしない、『惑星クレイジー』という芝居で。
椎木 忘れもしない。ほんとクレイジーでしたね。
川口 まさにね〜。
椎木 それで、そこからですよ。そこから一念発起して。5周年があと2年後に迫ってると。ここでもう1000人動員しようと。500行ってないけど、1000目指そうと。2年で1000人いく方法を考えようっていって、考えたのが5周年記念プロジェクト。春の公演、冬の公演、次の年の番外公演を経てのロングランまでの流れを、ひとつのラインにしてやろうといって作ったのが、『ひとんちで騒ぐな』という公演。初めてみんなでちゃんと話し合いをして、どうやったらお客さんが入るかとかめちゃくちゃ真剣にやって。で、初日の2週間前くらいに全公演完売したよね。
川口 650人くらい。108席の6回。
椎木 で、『ボスがイエスマン』というのをやって700人超えて、1か月ロングランやって1000人超えるっていう。でもひょっとしたら3年目の『惑星クレイジー』でほんとに解散してたかもしれない。それくらいキツかったです。

―そこからよく一念発起できましたね。聞いてるだけで、関わってないのに逃げたくなるような話でしたけど……。

椎木 そこまでは割とみんな川口さんを「先輩」として見てたんですよ。みんな川口さんについていく、みたいな感じで。本もおもしろかったし。でも『惑星クレイジー』で、「あれ? 全然本書けんやん」っていう、みんな初めてのうまくいかない経験をして。役者もボロボロだし。でも逆にそれがよかったのかも。本気になったというか。それまでは夢見るだけだったんだけど。
川口 勢いだけで3年目まで突っ走ってたんだけど、勢いだけではダメなタイミングが、動員500人を目前にして来る、っていう。「500の壁ってあるな」っていうのを実感しました。
椎木 ほんとよくできてて、動員1000人行って、次何がしたいかって考えたときに、イムズホールに行きたくて。イムズでやるためには1000人超えなきゃいけないってプロデューサーの方に言われてたんですよ。で、1000人超えて、イムズホールでもやれて、成功した後に、「次なにやる?」ってなったときに、「東京公演やりたい。ツアーしたい」ってなったんです。ていう話をみんなでしてるときにちょうど電話がかかってくるんですよ。めっちゃ覚えてます。話し合いしてたら、こまばアゴラ劇場の木元さんという方から、「冬のサミット、枠がひとつ空いてるからガラパやらない?」って。木元さんはもともと高校のときからの知り合いだったんですけど。で、飛行機代手出しで、超貧乏旅行で東京公演をやりました。
川口 アゴラは泊めてもらえるからなんとかなりましたけど。
椎木 超貧乏旅行なんだけど、舞台装置はフルスペックで。そこだけはこだわって。
川口 そこだけは譲れないって。装置だけはフルスペックで行かないと意味がないって言ってましたね。ツアーで行くのって、普通は少人数で、舞台装置の少ないやつでっていうのがセオリーだけど、ガラパのよさはそこじゃないから。いろいろ削って行っても意味がないから。そこは「絶対このまま持っていく」って。譲れなかったですね。
椎木 あれもキツかったすね。みんなお金全くないから隣のコンビニでなんか買うくらいしかできなくて。東京の街にも別に出ることなく。ずっと稽古してるし。「あれ? これ旅じゃなかったっけ? 修行?」みたいな。ずっとカンヅメで。でも当時観に来てくれた東京のお客さんが、いまだに来てくれたりとかありますよ。ちょうど「地方」が注目されだした時期でしたしね。

―思いのほか、ツラい話ばかりが出てきてびっくりしました。

椎木 ツラいすよ。
川口 ずっとツラい。
西山 はっはっは。
椎木 ちょっと前がいちばんツラかったんじゃないですかね。伸び悩んでる現実と、自分たちを合わせていくのがいちばんキツかった。今はまた逆に割とチャレンジャーという気持ちになってきたんで。それで気持ちは楽になりましたね。

―3年目のズタボロになった公演までは、川口さんについていく体制だったのが、そこからみんなでやっていく体制に変わってまた動員が伸びるようになった、ってことなんですね。

川口 僕がひとりでいろんなことを回すには、キャパに限界もあるし。あと、椎木が主宰っていうのをちゃんとした方がいいなというのがあって。そこまで割と僕が主宰と思われることがあって。
椎木 今でも思われてることよくあるもん。
川口 珍しいですからね、こういう役割分担してるのって。
椎木 僕が作った劇団に川口さんを誘った、という形なんですよ。
川口 僕が後から入った。その、主宰との線引きをちゃんとしようっていうのもあって、会議をして、きちんと全員が制作と運営に参加する、という形にしました。『惑星クレイジー』は僕らの中では出来は最悪なんだけど、意外とあれ観て興味を持って関わってくれるようになった人たちがいて。
椎木 それまでは高校のつながりのメンバーしかいなかった。そこから、高校と関係なかった人たちが入ってくる。
川口 人を引き寄せた公演ではあったね。
椎木 あのとき辞めなくてよかった。今思い出しても……記憶が飛んでるところがあるもん。芝居中にドアが取れたのは覚えてるな。ボーンつって。

―人の話なのに、聞きたくない、想像したくないレベルですね……。

椎木 でしょう。カーテンコールがみんな暗すぎた、死んだ顔してた。
川口 俺らの実感としてはね。
椎木 実感としては。客席からはそう見えなかったかもしれないけど。
西山 よくやろうと思いましたね。
川口 ほんとほんと。若かったよね。
椎木 今だったらたぶん中止してる。毎日追い込まれてた。ほんとに怖かった。
川口 あれなんであそこまで書けなかったんだろうね。
西山 10年以上経ってもまだ反省会ができるレベルだ(笑)。
椎木 なんだったんすかねアレ。
川口 なんだったんだろうね……。

劣等感みたいなのがずっとあった

―旗揚げからずーっといっしょにやっているおふたりですが、仲はいいのか、っていうのをそろそろ訊きたいんですが。もともと先輩後輩の関係で、劇団を旗揚げして、いろんな苦労を乗り越えて、仲間っていうのもあるだろうし、友達? 友情? みたいなものもあったりなかったりとか。

西山 (笑)
椎木 先輩、仲間、友達……どれもあるというか。でも長年いっしょにやってると、必要以上にしゃべんないとか、逆にいろいろしゃべりたいこともあるし。なんだろう。「どんな関係か」とかあんまり意識しなくなった、ってことかもしれないですね。だけど芝居に関してはむっちゃくちゃ楽しいです。好みが全くいっしょってわけじゃないけど、おもしろいと思うものは似てるから。
川口 だけどふたりでどっか遊びに行こう、っていうのはまずない。
椎木 (西山に)あの話してよ。東京の宿舎の話。

―仲が悪い話ですか?

西山 (笑)この前の東京公演で、椎木さんが後から合流するスケジュールだったんですよ。宿舎が下宿所みたいな感じで、3人一部屋くらいに分かれてて、その振り分けを話し合ってたんですけど、「振り分け上、川口さんとあともうひとり、みたいになりそうで、椎木さんか客演のヨウ手嶋さんのどっちかになりそうなんですけど、椎木さんといっしょでいいですか?」って川口さんに聞いたら、「絶対いやだ」って。
椎木 客演の人を一人部屋にするべきじゃないですか。
西山 普通はそうですけど。

―あ、川口さんといっしょじゃない人は、一人部屋なんですね。

椎木 そう。僕宿舎に着いたら一人部屋で。「やったー一人部屋や〜」とか言って。なんやろ、俺に気を遣ってくれたんかなーとか思ってたら、公演終わったあとでその話チクられて。
西山 (笑)誰が言ったの。
川口 手嶋さん(笑)。
椎木 「椎木くんと同じ部屋は絶対嫌だって」って。「俺も嫌だよ!」って。
川口 それは嫌ですね。ふたりで同じ部屋は。ちょっと無理っす。
椎木 無理。旅行とかも無理。仕事だったらいいけど。
西山 こっちから見てても、ふたりきりになるのは嫌なんだろうなっていうのは思います。
椎木 北村さん(※3)とふたりで旅行とかできます?

※3)北村さん
mola!を運営するkitaya505の代表、北村功治。

―全然問題ないです。仕事の流れとかでたまにあるけど、同じ部屋に泊まるのも大丈夫。

椎木 へえ〜。

―うちは歳が結構離れてるからかもしれません。

椎木 そっか〜。あ、僕たち性格が真逆っていうか。
西山 確かに確かに。
川口 全く違う。
椎木 そもそも発言の強さが違うし。僕はバーッと言うけど川口さん優しく言うし。
川口 タイプが違うから劇団続けられるんだろうなとも思うけど。タイプがいっしょだったらしんどいだろうな(笑)。
椎木 普通だったらクラスにいても友達になんないタイプですね。
川口 あー。
椎木 でもそれはいいとか悪いとかじゃないから。
西山 なんか不思議な関係ですよね。今はそれぞれ「主宰」と「脚本・演出」っていう立場がはっきりとあるし、お互いそれを意識してるから、発言するポイントも違うんですよね。だから衝突もしない。

―仲悪そうな写真を撮っとこうっと。

椎木 (笑)劣等感みたいなのがずっとあったんですよ。主宰って言ってるけど、俳優としても経験値がそんなにない。いちばん前に行く存在にならないと主宰って名乗れないなって思って。それでいろいろ外のオーディションとか受けるようになりましたね。そういうことやって、やっと5〜6年目くらいに、主宰って言えるようになったかな、という感じになりましたね。それまでは主宰辞めますって言ったり、いなくなったりしてました。
川口 1か月くらいね。
椎木 あと「東京行く」も何回も言いました。

―それが今では、福岡でやるぞ、となって。

椎木 そうですね。東京でもやりたいと思わなくはないですけど、福岡でやる意味を考えて、だいぶ楽になりましたね。10周年を迎えたくらいからやっと楽になった。「なんで福岡でやるのか」っていうのはよく聞かれるんで。答えられなかった時期がいちばんツラかったかもしれないですね。

仲悪そうな写真(左から、川口大樹、椎木樹人)

仲悪そうな写真(左から、川口大樹、椎木樹人)

―「最初は苦労してたけど、だんだん成功していったぜ」みたいなサクセスストーリーが聞けるのかな、と思ってたけど、結構ずっと苦労してますね……。

椎木 そうなんすよ。突き抜けないからね、ずっと。

―「突き抜けた」っていう感覚がまだない、ってことですか?

椎木 そういう感覚持てたのって5周年のときくらいじゃないですかね。あと、駅前劇場(※4)。あれはちょっとうれしかったっすね。

※4)駅前劇場
下北沢駅前小劇場。180席程度の小劇場で、新進気鋭の若手劇団の目標となる劇場のひとつ。

川口 下北沢の、しかも駅前でっていうのはね。
椎木 キャナルシティ公演も、気持ち的には崖っぷちでしたもんね。飛び降りるつもりで。
川口 やるかどうかでも相当話し合ったし。
西山 キャナルシティ公演は主催がガラパじゃなくて、スリーオクロック(※5)なんですよ。会社の方々も含めて、大人数で「やる?」って話し合って。

※5)スリーオクロック
イベントの企画運営を行う福岡の会社。ガラパはスリーオクロックがマネージメントを行っている。

椎木 ね。難しいよね。でもバチッと決まった! っていう感じは最近はないかもですね。模索してる感じ。……この前ちょっと振り返れたんですよ。劇団が変化していく感じと、僕や川口さんが変化していく感じと、僕がこうしたいという感じが、うまく噛み合ってなかった。僕は劇団をどんどん大きくしていくことに興味があったけど、メンバーはどんどん若くなってきて、作品もお客さんを集めようとしてた頃のものとちょっと変わってて。全部があんまり噛み合ってなかった。そういう時期だったんだねっていう話ができて。もう1回、どういうことをやっていきたいかっていうのを改めて話せたんで。リセットされた感じはある。『惑星クレイジー』の後くらいの感じにはなった(笑)。
川口 ずっと作品に中身がないって言われてて、「演劇」をやってみよう、っていう時期を経て。
椎木 でもそこで得たものもめちゃくちゃあるんで。前は感想って「おもしろかった」「笑えた」みたいなのしかなかったから。それ以外の感想ももらえたのはよかった。
川口 ここ2〜3年はほんとに過渡期中の過渡期だったって感じですね。

5代に渡る歴史のある劇団なんやな

椎木 それを経て、今回の『ナイス・コントロール』なんですけど、初演の時に出てたのなんて3人しかいない。11人中3人。でも、実はガラパから出演するメンバーって、同期同士の被りがなくて。各世代から1人ずつ出てて。「5代に渡る歴史のある劇団なんやな」ってこの前稽古場で気づきました。もともとみんな同級生みたいな感じから始まったのに、いつの間にか先輩後輩できてて。まあみんなよくついてきてくれとるな……。

―前回のインタビューでも、旗揚げからいる椎木さん、川口さんと、途中から入ってきたメンバーと、最近入ってきた若手メンバーとで、どう「いっしょに」やっていくかを模索しているというお話を聞いたんですが、今日のお話を聞いていると、3年目の『惑星クレイジー』のときまでは川口さんという先輩に引っ張ってもらってたけど、そこからみんなで一丸となってやっていくようになってステップアップした過程と、ここ2〜3年の過程が似てるなあと思いながら聞いてました。

椎木 あー。

―だからまた一丸となって、次のステップに行く時期なのかな、と。

川口 僕たちにも、ダメなところはある。そういうところも、いい意味で若い子たちが突っ込めるようになるといい関係性になるかな、と。言えないと不健康だし。そこらへんが徐々に砕けてきたのかなというのはありますね。来年が15年だから、周期的には似てるところがあるかもしれないですね。3〜5年目の2年間のあの頃と。
椎木 1か月ロングランやりますか。
川口 (笑)
椎木 甘棠館で1か月(笑)。
川口 おもしろかったけどね。学ぶことも多くて。


福岡はもとより、九州の演劇のトップを走っているガラパ。決して順風満帆というわけではなく、初めからずっと手探りで道を切り開いてきたというのが印象的だった。

今回の公演は「25歳以下のひとたちに来てほしい!」と、椎木自らが25歳以下に街頭インタビューを実施、演劇を見たことはあるかなどのリサーチを行ったりと、ユニークなプロモーションを展開している。川口は、自劇団や公演単独の動員のみに縛られるのではなく、福岡をもっとおもしろくしたい、そのために演劇でできることをしたいと語る。今回のプロデュース公演では、多種多様なメンバーを呼び、演劇を観たことがない人が劇場に足を運ぶための敷居をできるだけ下げたいと目論む。15周年を経て、ガラパはこれからどこに向かっていくのか。今回の公演が、その最初の一歩になることは間違いない。

出演は、椎木樹人、横山祐香里、山崎瑞穂、隠塚詩織、友田宗大(以上、万能グローブガラパゴスダイナモス)、三岳慎之助(10神ACTOR)、岡澤アキラ(NoMake)、原直子(トキヲイキル)、土居祥平(ワタナベエンターテインメント九州)、ヨウ手嶋、桑森ケイ(ジャカっと雀)。

チケットは、前売3,500円(当日3,800円)、ぺア券6,000円(2枚1組)、U-25 2,000円(当日3,800円)、高校生以下1,500円(当日3,800円)。チケットぴあ(Pコード:494-294)、ローソンチケット(Lコード:81809)、イープラス、スリーオクロックでの取り扱い。

お問い合わせはスリーオクロック092-732-1688(平日10:00~18:30)まで。


ガラパ15周年記念プロジェクト第2弾
万能グローブ ガラパゴスダイナモスプロデュース『ナイス・コントロール』

脚本・演出:川口大樹
日時:2019年7月3日(水)19:30
        4日(木)19:30
        5日(金)19:30
        6日(土)14:00/18:00
        7日(日)14:00
会場:イムズホール(福岡市中央区天神1-7-11 9F)
料金:前売3,500円(当日3,800円)
   ぺア券6,000円(2枚1組)
   U-25 2,000円(当日3,800円)
   高校生以下1,500円(当日3,800円)

【関連サイト】
万能グローブ ガラパゴスダイナモス
ガラパくん(Twitter)

※情報は変わる場合がございます。正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。

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