活動を再開する勇気vol.2(劇場編)

2020.10.29

公演活動の再開にあたって絶対に忘れてはならないのが、表現活動の受け皿となる「施設」の存在だ。このコロナ禍において、劇場を始めとして、ライブハウスや映画館、美術館など、さまざまな施設がその機能を停止せざるを得ない状況が生まれた。支援のクラウドファンディングなども行われたが、ライブハウス等の閉館のニュースが相次ぎ、経済的な影響の大きさを実感した方も多いだろう。

今回は「劇場」にスポットを当て、7月下旬から上演を再開した愛媛県松山市の民間劇場「シアターねこ」の代表・鈴木美恵子氏に寄稿を依頼し、劇場が直面した困難と、そこから考えたことについて語ってもらった。

「民間小劇場シアターねこの今までとコロナ」鈴木美恵子(シアターねこ代表/松山)

私は愛媛県松山市で民間小劇場シアターねこを運営しています。同時に文化芸術振興をミッションとしたNPO法人シアターネットワークえひめ(TNE)の理事を兼務しています。
先日、地元の高校生が訪ねてきて、「演劇で地域を活性化したいがどうすればいいか?」ときかれて、高校生から「地域活性化」という言葉が出てくるとは夢にも思わなかったので、一瞬言葉を失いました。私の高校時代は部活動の演劇に夢中で、自分にとっての楽しいことばかりを追いかけていたような気がします。「地域のため」とか「社会の役に立つこと」を当然のように刷り込まれるのは、生きる上でしんどいことだなぁと複雑な感慨にとらわれました。75年前には「お国のため」と刷り込まれた多くの若者たちが命を落としていきました。私は現在、地域の文化芸術振興を目指して民間の小劇場を運営していますが、「地域のため」という「正義」を振りかざしていないだろうかと考え、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため多くの公演が中止となる中で、自分の歩みを振り返ってみたいと思いました。

シアターねこ

1998年にNPO法が施行され、その勉強会に何度か参加し、営利を目的とせず利益を分配しないという理念に感動を覚えました。その経験からいつかNPO法人を作りたいと考え始めました。そして2007年、仲間とともに、地域の文化芸術を振興するNPO法人シアターネットワークえひめを作りました。翌2008年には、中心市街地のまちづくり会社が運営する場所の一角を借り、「アトリエTNE」として、地域劇団に稽古や公演用の場を提供していました。しかし2年後には家主の地元銀行の都合で出て行かざるを得なくなり、移転先を探しながら2年間は県の倉庫を半年契約ごとに借りて、演劇活動を支援していました。
その間、地域の演劇関係者と話し合いを繰り返しました。「みんなが使えるような場所は本当に必要なのか」「管理、経費、運営はどうするのか」。その結果、経済的な責任はNPOが取り、運営と管理は登録ボランティア「ねこの手クラブ」が協力すると決めて、「シアターねこ」を現在の場所に作りました。松山城のすぐ北側。元幼稚園だった建物の一角を借り、一階を事務所に、二階をシアターと練習室に改装しました。費用は、えひめ産業振興財団からの補助金と、NPO法人とは別に合同会社シアターねこを作り、その出資金を充てました。

シアターは2012年5月オープン。私にとっては長年待望した小劇場で、関係者全員でオープンパーティー。地域の演劇関係者からなる「ねこの手クラブ」が毎日、環境保持や来客対応にボランティアで携わってくれました。稽古場の使用時間は10時から23時までという、地域では他に類のない設定。そして使用者による自主管理。それは、このシアターは自分たちの稽古場であり、自分たちの劇場だという意識を持った人たちが集い、運営にも関わる場にしたいと考えたからで、私にとっては理想的な創造の場の実現でした。けれども続けるうちに、ボランティアの「ねこの手クラブ」に負荷がかかりすぎていることに気付かされました。それでも何とか2年くらいは続き、以降はNPOの役員を軸に運営していく体制に切り替えて、現在に至っています。シアターで専従職員を雇用できる経済状況にはないので、ボランティアが基本であることは変わりません。

そういう状況の中、新型コロナがやってきました。
3月以降、7月末まで全ての公演はキャンセル。地元の演劇関係者有志が7月26日に開いてくれた『シアターねこを救え!チャリティシアター』が再開の始めとなり、8月7、8日には京都から広田ゆうみ×二口大学の『眠っちゃいけない子守唄』(作・別役実)を迎え、9月5、6日にはお隣の東温市を拠点にする世界劇団の新作『天は蒼く燃えているか』を初演。13日には京都からTHE GO AND MO’S『黒川の旅vol.4〜松山』が来演。19、20日には地元の演劇ネットワークoffice59がシアターねこ応援企画『1時間ちょい劇場』を開いてくれました。10月と11月の公演はなく、12月に自主事業として『どっこい、やります!!四国劇王Ⅷ』を開催します。例年行っている事業ですが、四国4県から参加表明をいただきました。

コロナ下で公演をするにあたって、国の公共ホールのガイドラインに従って劇場独自のガイドラインを作成。受付にはビニールシートを設置、担当者は手袋とフェイスシールドを着用し検温と手指消毒、一見物々しい受付周りです。客席キャパは98席ですが、公演時のコロナ状況に合わせて上限を変えています。例えば7月のチャリティー公演では25席、『眠っちゃいけない子守唄』では30席にしました。換気口を新たに設置。遮光カーテンで場内の暗さを保っていますが、上演中も窓を開けていますから、外の音が聞こえることがあります。また、独自ガイドラインで1時間に10分程度の換気を求めているので、上演時間が1時間程度という制約を課すことになりました。会場使用料は変えていませんが、コロナの影響でのキャンセルはキャンセル料無しとしています。

観客には場内で会話しないようお願いし、みなさまそれぞれマスクやフェイスシールドを着用して観劇。知り合い同士が出会っても会話せず、上演前後も静かなのは、伸びやかにお芝居と劇場を楽しんでいただくには程遠いので、心苦しい気がしました。それでも「シアターねこに来れるのは久しぶりで嬉しい」という声をいただくこともあり、思わず緊張がほぐれる瞬間です。
公演を再開していますが、公演後の2週間は感染者が出ないかと落ち着きません。

コロナの最中にも、「シアターねこしんぶん」の発行は毎月続けました。B5用紙に4ページの小さな新聞で、公民館や図書館などのほか、劇場近辺の町内にも配布しています。これまでは公演の予告や観劇の感想などを主に載せていましたが、5月号と6月号はコロナ特集として増ページしました。今までシアターを利用していただいた演劇関係者に声をかけて、コロナに対する所感を書いていただきました。しんぶんはネットでも公開しているので、お読みいただければ幸いです。

コロナでも家賃や光熱費などの支出は従来のまま、公演がないことで劇場の使用料収入が途絶えて資金的に厳しいのですが、全国的な動きである「小劇場エイド基金」や「全国小劇場ネットワーク」のクラウドファンディングにシアターねこも加えていただきました。そのほか公的な補助金で急場を凌いでいますが、元々が民間の有志が手弁当で運営している私たちの劇場は、先が見えず不安定です。コロナ禍は少なくとも2年は続くとする有識者もいて、気の重いことです。

そもそも私が演劇にのめり込んだのは、小さい頃から、「何かになり変わること」に惹かれていたことがあります。それは3、4歳の頃、近所の友達とおままごとをしたことに遡ります。そこでは、子供である自分がお父さんやお母さんになっていて、ある意味、「理想の家族」を演じている。高校では演劇部に入り、就職後には地元広島の劇団に所属しました。その後松山に来てからも仕事をしながら演劇活動を続け、1994年には「演劇鑑賞団体松山市民劇場」の事務局に誘われて専従職を経験しました。2001年には正岡子規100年祭記念演劇『深き森、赤き鳥居のその下で』(作・演出、高瀬久男)に、2008年には寺山修司没後25年公演『人力飛行機ソロモン松山篇』に関わりました。
振り返ると、半世紀もの間演劇とともに過ごしてきました。今もですが……。

2007年にTNEを作ってからは、劇作家の永井愛さんや別役実さんを招いたシンポジウム、コント講座、鈴江俊郎さんを講師にした戯曲講座、演劇大学、韓国の劇作家ユン・ジョンファンさんやパク・グニョンさんを招いた国際交流セミナー、平田オリザさんを招いたワークショップやシンポジウムなどを開いてきました。京都発祥の試演会の場である「C.T.T.(コンテンポラリー・シアター・トレーニング)」、名古屋発祥の短編演劇コンクール「劇王」を開催することで、各地と交流も深めてきました。また、平田オリザさんのこまばアゴラ劇場(東京)から始まった劇場支援会員制度のネットワークにも参加しています。

C.T.T.交流会

行政関係との仕事では、松山市が2017年度に策定した文化芸術振興計画を具体化するための機関「松山ブンカ・ラボ」とのコラボや事業受託、お隣の東温市が始めた「TOON戯曲賞2018」の運営、松山の道後からアートを発信する「道後アート」などにも関わってきました。

しかし最近、文化芸術を推進する仕組みに限界を感じています。事業を企画し、公的機関から助成金を獲得するにしても、行政の事業を受託するにしても、事業費が出るだけでそれを運営する人件費やアーティストへの謝礼も不十分で、なかなか仕組みに組み込まれていません。私たちにとっての収入は稽古場と劇場の使用料です。対して支出は、毎月の家賃や光熱費があり、ちゃんとした人件費を捻出することはできず、結果的にほとんどボランティアで活動することになり、疲弊していきます。

これらの苦しい状況を打破するために、NPO設立当初から構想していた障がい者と文化芸術を結びつける活動に取り掛かっています。NPO設立メンバーの一人が精神保健福祉の仕事をしていたこともあり、就労継続支援B型事業所「風のねこ」を2018年に設置しました。そのために近所の古民家を借りて改装し、喫茶店「物語カフェかまどねこ」を始めました。シアターと就労継続支援B型事業所とカフェを設置することで、地域に貢献しながら、関わる人の生計を立てたいという思いもあります。
ちょうどその2018年は、国が「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」を施行した年でもあります。私たちは今後、「風のねこ」と文化芸術の結びつきを探っていくことになると思います。
また、シアターねこ専属劇団を作り、場を管理・運営しながら地域の人と対話を重ね、地域に根差した創造の根っこを見出せればと妄想を始めるのもアリかもしれません。

こうして活動をしてきて痛感するのは、文化芸術振興には継続性が必要だということ。それを行政が文化政策の中に位置付けて取り組む必要があるということです。松山市では2017年度に文化芸術振興計画を策定し、計画を具体化する機関として、愛媛大学に寄付講座を設置する形で、「松山ブンカ・ラボ」を作りました。その総合ディレクターには文化政策の専門家を招聘しています。平田オリザさんが「芸術立国論」を書いてから16年。やっと松山で始まった、と感じています。

さて、はじめの疑問に戻ります。私は「地域の文化芸術振興」を正義として振りかざしていないだろうか? 地元の高校生が私を訪ねてきたのは、「小劇場演劇と言えばシアターねこ」という名が定着してきているからとも言えるでしょう。そういう意味では、私たちの活動は演劇に関心のある高校生にも届いているのだと思います。そしてその高校生は「みんなのための活動、地域活性化が大切」と学校で学んでいる。私は長い時間をかけてそこにたどり着きましたが、それでもまだ見えてこないことがあります。

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