車の歌(第4回)

2021.02.14

 坂は長く、下りに転じる気配を見せない。アクセルを踏んでもFィットのエンジンは唸るばかりで、一向にスピードは出ず、なんなら落ちていた。だから今店行こうとしてるし! 事務所出てからずっと行こうとしてるし! どこ走ってんのかよくわからなくなったから地図見ようとしてた所だし! と、スマホの地図アプリを立ち上げ、「ころぼっくる」で検索した。現在走っている周辺だけで7件引っかかった。手広くやってんじゃねえよ! と、怒りをクラクションにぶつけ、五七五七七で短歌のリズムを刻んだが、短歌はさすがにクラクションでは伝わらず、かつて文芸部に所属し青春を捧げた道行く者を振り向かせるには至らなかった。そしてスマホの画面の前で指をうろうろさせ、どの店舗に向かうか見当をつけた。
「止まりなさい」という声とともにサイレンが鳴った。ミラーを見ると、パトカーが後方からFィットを追って来ていた。スマホを見ながら運転している所をばっちり押さえられてしまった。「止まりなさい」と再度、無慈悲な声がした。
 和田は焦った。ここ半年で、駐禁、スピード超過、一時不停止、シートベルト未着用、信号無視などの細かい違反が募り、次違反したら免停だった。やべえ。免許がなかったら仕事にならない。クビになる。そしたら収入ゼロだ。家賃が払えん。リボ払いも滞る。風俗に行けない。ていうかまた仕事探さなきゃならん。めんどうだ。もう、全てがめんどくさい。やだ。酒に溺れて自己破産して違法薬物に手を染めて逮捕されて獄中で死ぬ――妄想が妄想を呼び、和田は逃げようと思った。それ以前に、月極駐車場での事故と動物病院前での駐禁ですでに免停確定なのだが、パトカーのサイレンに急かされ思考が停止していた。こうなりゃ何点つけられようが一緒じゃと、アクセルをベタ踏みしてパトカーを引き離そうとした。が、17万キロ走っているFィットは坂道も手伝って60キロしか出なかった。当然、パトカーも余裕で追いかけて来、「止まりなさい」を連呼した。追いかけるから逃げるんでしょうが! あんたらが見逃してくれたらこっちだってスピード落としますよ! そうでしょう! 鬼ごっこのルール知ってます!? もしくは北風と太陽! と和田は何が何でも止まらないつもりで、アクセルを踏む足に力を込めた。
 ようやく坂のてっぺんが見えた。よっしゃここからはくだりじゃ! 150キロで逃げ切ってやるぜ! と身体と気持ちは前のめりだったのだが、坂を登り切った所でぷすんと急にエンジンが止まった。何事!? とタコメーターを見ると、「あなたも腹ペコでしょうが、私も腹ペコです」と表示が物語っていた。ガス欠だった。「もうちょっと端に止めなさい」とパトカーに言われたけれど無理だ。
「オワタ」
 「 _| ̄|○ 」←こういう顔文字が頭に浮かんだ。和田は力を抜き、背もたれに身を預けた。リクライニングが馬鹿になっており、そのまま仰向けにぶっ倒れた。

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