咀嚼伯爵(第1回)

2021.02.21

【3】伯爵登場

「あたしのこのへんにね、嚥下大王がいるの」
えんげだいおう。
さわしーは手にした木炭で、描きかけのラボルトのふっくらした顎を指して行った。
「溶けかけの雪見だいふくみたいな王様が喉のあたりに住まってるの。その大王が時折、命令して来るの。」
「何を?」
「ごろっと飲み込みたいって。何かガツッと嚥下させろって。」
「嚥下」か。
「白飯じゃ。パスタじゃ。口の中にごっそり詰め込め。生クリームをほおばってかたまりで飲み込ませろ。」
さわしーは妙な作り声で「嚥下大王」を演じてみせた。
ジブリの「おしらさま」のような、目つきの悪い妖怪が頭に浮かんだ。

「でも言われる通りにしてたらあたし、ランチュウみたいになっちゃう。」
「ランチュウ?」
「ここ、ボコッてなってる金魚。あたしの唇ただでさえ金魚っぽいから、太ったらまじでランチュウ。だから、」
だから?
「そんなときは豆腐を飲むの。パックのまま、カレーのスプーンですくって、ごぼっと。絹ごしののどごし。」
すげー。

「いない?大王。」
さわしーは木炭で、今度はラボルトの喉の辺りをなぞった。
嚥下欲はあんまりない。
共感するとしたら自分は…咀嚼だ。
噛みたい。ガリガリと行きたい。
ナッツとかチョコとか、あんな硬いものを噛み砕きたい。
そんな話してもいいのかな。
恐る恐る、とつとつと話した。すると、
「そしゃくはくしゃく。」
え?
「あたしのは嚥下大王。もりみのは咀嚼伯爵。」
咀嚼伯爵。脳内で漢字変換出来た。
「なんかさ、ナポレオンの肖像画みたいのが浮かんだんだけど。」
「あ、そう!馬に乗って威張ってる。」
「だよね?なんて言ってる?」
「我にもっと噛みごたえを。」
低い作り声で言ってみた。
「え?」
「我にもっと噛みごたえを!」
さわしーはころころと笑い転げた。まっ白い頬が赤らんだ。
「あんたこんなにおもしろかったんだね」
「え?」
「しゃべれてよかった。このまま卒業したらもったいなかった。」
その言葉に、なんだか恋しそうなほどときめいた。

華やか班のリーダーが、自分をみつめて話している。
「負けまいね。下々の誇りを以て、上の横暴に立ち向かって行こうね!」
さわしーの瞳がくりくりと動く。
「ね!」
彼女は木炭をイーゼルに置くと、私の右腕を掴んだ。
その手のひらがやわらかくて、ちょっとドキッとした。性的に。
「2人とも目標体重になったら、ファミレス行って、バカみたいに注文して、
グラタンとかとんかつとか、パフェとかゼリーとかを、ごぼっと、ガリッと行かん?」
なんだか夢のような話だった。
今度遊園地に行くよ。幼い頃のそんなときめきを思い出した。
それから2人の「夜の長電話大会」が始まった。

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