さよならオブラージャ(第2回)

2021.02.26


 おせち料理の動画の続編を撮影しなくちゃならない。お重の一段目に入れる筑前煮の回、調理パートの撮影まで済んでいる。今日はオープニングとエンディングを纏めて撮影をして、編集まで済ませておきたい。今年は姉たちが帰って来ないとは言っても、近所の親戚が足の悪い母を想って挨拶にやってくるだろう。きっと、何かと忙しい。

 何年ぶりだったのだろうか。明け方、こっそりと朝帰りした。
 まだ周囲は暗かった。
 昨夜出かける際に、母にはもちろん友人と夕食を摂ることを伝えていた。遅くなるかもしれないから先に休んでてね、と告げて出たけれど、その日のうちに帰るつもりだった。
 タクシーで帰宅すると、母はもう起きていたようだ。キッチンの明かりが点いていた。毎朝遅くとも六時には目覚める母だから、ちょうど起きてきた頃合いだったのかもしれない。ダイニングチェアの背にバッグを引っ掛けてマフラーを解いているとトイレの方で物音がした。
 スマホをバッグから取り出してアプリを開く。次々と積み重なっていく吹き出しを嬉しく感じる、この高まりが懐かしい。随分とこんな気持ちを経験していなかった。
 トイレの流れる音がしたので、スマホをテーブルに伏せて廊下へ。ドアを開けてゆっくりと出てきた母に「遅くなってごめんね」と声を掛けながら近づく。母は特に何も発さずにじっとりと微笑んだ。「久しぶりに会ったから盛り上がってしまって」
 母の手を取り廊下を歩く。ブーツで蒸れた足を伝って板張りの廊下の冷えが伝わってくる。「楽しかったなら良かった」と母が静かに私の手を握り返す。娘2人を育てあげた彼女の手は、昔と比べると随分と細く感じられる。「お母さん、足、冷たくない?」
 「大丈夫よ」母は右足を少し引きずるようにして時間を掛けて移動する。自分の部屋の前までやってくると、私をダイニングの方へ押しやるようにして手を放した。
 「お母さん、お茶、沸かすね」

 母が隣町で帰れなくなっている。昨年の、警察からの一本の電話が、私が今ここにいるきっかけだった。実家まで車で三時間はかかる町に住んでいた私は、仕事を早退して身元の引き受けのために車を走らせた。その頃、私の夫は離島の宇宙センターに単身赴任していて、子どものいない私たちの結論は割とスムーズに導き出された。二十年事務職として勤めていた建売住宅会社を退職し、私はひとり、実家に戻ることにした。遠くで嫁に行った姉は高校生の長男と中学生の長女、次女もいるから頻繁に帰郷することもない。
 夫は宇宙飛行士になるのが幼少期からの夢だった。その夢は結構若い段階で断たれたけれど、宇宙開発に関係する企業への就職が叶った。もし夫の念願が叶っていたとしたら、と今でも考えることがある。その空想はロマンチックに思えたこともあった。地球にいる私と、はるか空の彼方、宇宙にいる夫。その距離がどれだけのものかはわからないけれど、うんと離れていることは確かだ。身を裂くような隔たりも愛おしく思うことができるのだろうかと夢想した。特に若かりし頃は。
 テレビを点けて薬缶を火にかける。椅子に脱ぎ捨てていたコートとマフラーをハンガーに掛けて鴨居にぶら下げる。粉雪でしっとりと凍えたコートをタオルで簡単に拭う。

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