さよならオブラージャ(第3回)

2021.02.27

 「今年は春香は帰ってこないのかねぇ」食卓にようやく腰掛けながら、母が言った。
 「え?」汁物の椀を母の前にコトリと置いた手をそのまま離せずに、私は母を見た。筑前煮の人参を口に運び「美味しい」、と母はこちらを向いて笑った。私は微かな動揺を悟られまいと微笑み返して味噌汁を置く。「美味しい?良かった」
 「この間、春ちゃんがこれの作り方教えてって言ってきたのよ」母は続ける。「春香が?」
 「お姉ちゃんには花嫁修業だって、教えたもんねぇ、筑前煮」
 「あぁ、えっと」

 違うよ。春香は私。妹の春香が私だよ、お母さん。

 姉が「秋穂」で、妹の私が「春香」。四季の順なら姉に春が付くのだろうけど、単純に姉は秋に、私は春に生まれたからそう名付けられた。でも、それがややこしいことになってしまったね。この一年で母は、姉と私を混同することが多くなってきていた。自分の近くにいる方が出来が良くて優しく付き添ってくれている「姉」で、奔放な「妹」の方は、嫁入りして遠くに住んでいることになっているのかもしれない。
 母が、ハッとこちらを見て、箸を置いた。「あー……ごめん、春ちゃん、また間違ったね」
 「うん、お母さん、大丈夫」私も食卓に着く。「気にしない気にしない」
 「またお母さん、お姉ちゃんと春ちゃん、間違ってたよね?」と、うなだれる。母自身が一番堪えているのを知っている。
 隣町で立ち往生した事件があったあたりから、母のこうした些細な混同は起こっていた。最初はよくある勘違いや思い込みと変わらなく感じていたが、そのうち姉と私の進学先の大学の記憶が逆になっていたり、私が全く経験していないエピソードを、母と私の思い出として話をしたりすることが起こり始めた。「それは姉ちゃんやろ」とお笑い風にツッコミ返しても、ややキョトンとしている母を見て最初はショックだった。数日考えた末に母を説得して病院へ検査に行った。アルツハイマーだと診断された。足が悪い所為で、あまり歩かない生活が原因だと医者は言う。
 でも「混同している」ことに気づくことが出来ているのだから、まだそんなに心配することはないだろう、と私は高を括っている。
 「お母さん、元気だして」「そうね、うん」母は力なく笑う。でも動画をやり始めてから、私と母の関係は一層良くなったと思う。私のメンタルが安定したのだろうと自己分析する。母の笑顔を見ることに生きがいを感じている。生きがいというのはひょっとしたらひとつでは足りなくて、いくつかの生きがいが並行して進んでいくことで互いに作用しあって充足するのだろうか。相乗効果、とでもいうか。遠く離れてはいるが愛する夫がいて、まだまだ元気な母の面倒を近くでみることができて、大勢ではないけれど「ファン」と呼べる人たちが動画に着いてくれていて、そういう中で、私は幸せに生きている。身体を締め付けてくる、ブラジャーを着続け「られ」ることは、幸福なのだ。少々の痒みは、人生の嗜みだ。締め付けの具合は下着を選ぶことで調整することだってできる。下着の選択肢を多く見つけられることが、人として成長することなんじゃないか。それは大袈裟か。

 その時、湯呑の横のスマホが震えた。夫からの返信、ではなかった。ユウキからだった。
 
       >今日の料理「筑前煮」 動画更新予約 12月31日23時00分

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

固定ページ: 1 2 3 4